明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『恋の敗者』 鹿島桜巷

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1914年(大3)樋口隆文館刊。前後2巻。作者の鹿島桜巷(おうこう)についてはなぜか文学関係の事典などで触れられず、その業績についても明らかにされていない。茨城県鹿島神宮宮司の三男として生まれ、地元紙を経て、報知新聞の記者の傍ら小説を書き、詩歌にも造詣が深い健筆家として知られていたらしい。物語では、幼馴染の男女が同棲しながら男は医師を目指すが、何度も試験に失敗し、看護師として働く女は男の許を去る。男は自暴自棄となり、当時日本が統治していた台湾の討蕃巡査(原住民を抑圧する武装組織)に身を投じる。戦前の台湾の状況など現在ではほとんど語られることはないが、多くの原住民部族が暮らす亜熱帯の植民地のような位置づけと思われる。敗れた恋の痛手で鬱々とする東京での日々から、密林の中での戦闘そして逃亡劇、更には思いがけない状況での男女の再会等々、波乱に富んだ展開に引き込まれる。文体は平易で、揺れ動く心情を細かすぎるほど追って描いているのは自然主義文学の影響とも感じられる。段落を終えるごとに何気ない素振りや表情を書き添えるのもこの作家の味のある特徴と思えた。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は谷洗馬。

dl.ndl.go.jp

 

《追記》2023.05.15
ブログ「些事加減」を運営する瑣末亭氏からコメントをいただき、鹿島桜巷の生没年月日をお教えいただいた。享年42歳の短命だったことがわかった。御礼申し上げます。(下記)
三男淑男(1878.6.26~1920.9.15)は「櫻巷」と号し報知新聞記者、明治大正期の流行作家であった。

 

 

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