1896年(明29)大川屋書店刊。維新を挟んだ安政から明治までの物語。明治維新といっても何もかもが一変したわけでなく、人々の暮らしは江戸時代の生活習慣をそのまま継続していた。価値観もそれほど変わっていなかったように思える。母と妻を惨殺された武士が仇敵を追跡して修行僧の身になる話だが、追われる側の男も僧侶となって寺に身を隠す。物語の中ほど以降はその悪僧の悪知恵と狡猾さで諸悪を欲しいままにする徹底ぶりが描かれ、まさに悪漢小説の感がする。それを慎重に追い詰めるのが維新後の警察の探偵になる。叙述文は漢文調だが、読み慣れるとその格調の高さに酔わされる。☆☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。木版挿絵は松本洗耳、麗陽という印璽が押されたものもある。
※「憚りながら雪隠へ行った時より他に臭い事のない姉さんだ」
※「小余綾の五十を越え」(こよろぎのいそ)=小余綾の(こよろぎの)は「磯」「五十路」の枕詞として使われた。元々は大磯付近の海岸を「小余綾の磯」と呼んでいた。