明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『密夫の奇獄:泰西情譜』 菊亭静(高瀬羽阜)

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1887年(明20)イーグル書房刊。これもボッカチオ(ボッカス)の「デカメロン」からの一話を翻訳し、多少手を加えて中篇としたもの。菊亭静は、高瀬羽阜(うこう)の多くの筆名の一つとしてウィキペディアに掲載されている。彼はジャーナリストの他、社会事業家としても広範囲な活動をしている。

 

相変わらず堅苦しい漢文調だが、読みやすい。やはり文体にも良し悪しが出るのだろう。地域住民の尊敬を集める老医師が妻を亡くした後再婚する。若く美しい後妻は年の差婚に不満を募らせ、夫の不在中に青年を引き入れる。その部屋で男が誤って麻酔薬を飲んで、死んだようになったのが事件の発端になる。嘘やごまかしが積み重なって、ついには村民の暴動寸前までに至るが、積み重ねた虚偽が雪崩のようにさらけ出されるのは痛快だった。世界の名作には純文学というジャンルは存在しないのではと常々思う。分ける意味もないように思う。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。挿絵は小林襲明(しゅうめい)。底本とした仏語訳本掲載の石版画を模写したものと思われる。左下に「小林画」の落款がある。

dl.ndl.go.jp

 

《余、此頃本務忙(いそが)はしくして筆硯(ひっけん)を弄するの時間、一日の間、僅に三時間を出ず。此を以て読者の意を満す事はもとより期するを得ざれども、前訳に因縁(ちなみ)もだし難(がた)く諸の小説を参観補修して此の一小冊を編成(あみいだ)しぬ。》(緒言から)

 

《いそいそとして化粧室(べや)に入り天性(うまれつき)の美麗なる上に人為手段を以て一層の粧(よそお)いを蓋(つく)しければまことに天人かと疑えるる計(ばか)りなり。》(第三章)



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