1930年(昭5)改造社刊。日本探偵小説全集 第2篇 森下雨村集。表題作の他「黄龍鬼」、「魔の棲む家」、「死美人事件」の計4篇を収める。大正・昭和ミステリー界を牽引した雑誌「新青年」の初代編集長でもあった森下雨村は英米物の翻訳の他に創作も残している。
「消えたダイヤ」はロマノフ王朝の貴重なダイヤ《レガリア》の行方を探索する冒険探偵譚。生活の苦労がなさそうな家柄の青年と淑女のカップルが数寄屋橋際のカフェーの一室に事務所を借りる。これはどう見てもクリスティの設定だ。目先に次々と起きる事象に左右されて主人公たちが行動するのを読んで追いかけるという推理物のパターン。トリックがまだ稚拙ながらも大正時代の風俗習慣の珍しさやもどかしさがかえって快い。☆☆☆
「黄龍鬼」(ホンリャンコェイ)朝鮮と中国の国境の山中にあるという盗賊団の本拠地を突き止めるべく、一少年が日本から海を渡り、山を越えて博士に同行する。いわゆる少年向け冒険物語だが、スケールが大き過ぎて絵空事にしか思えない。森下は少年向けの作品も多い。☆☆
「魔の棲む家」、「死美人事件」の2篇は英国スタイルを踏襲した本格物の短編だが、トリックの組み立て方がまだ稚拙な感じがする。病院での待ち時間に読むのは好都合だった。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。挿絵は皆無。(上掲は古い絵葉書の数寄屋橋付近)