明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『女警部:活劇講譚』 無名氏

 

1902~1903年(明35~36)金槇堂刊。都新聞に連載された活劇講譚「女警部」(前後篇)およびその続篇「後の女警部」(前後篇)の全4巻。合わせて1000頁を超える大長編である。明治26年以降の10年以上にわたり、警察OB の高谷為之から提供を受けた事件記録を物語風に書き直した探偵実話が大いに流行し、これに倣って他紙も追随した。大正期に大川屋から「みやこ文庫」として3巻本にて再刊されている。

タイトルの「女警部」とは女性警察官のことではなく、警察官の上役の警部の制服に頭巾をかぶり、男装して強盗に入るヒロインの手口に由来する。彼女は美人である上に、身のこなし等の行動力があり、頭の回転が速く、度胸もすわった男まさりの人物である。悪運が強いというのか、警察の初動捜査の限界というのか、追求の手を巧みにすり抜ける。明治時代の社会の諸相、娼妓への身売り、高利貸しに虐げられる旧士族、日銭を稼ぐ貧乏町人などの姿が事細かに記述され、やや冗長でもある。起承転結のメリハリは大事で、運が尽きて捕まるのが終結なのだろうが、なかなかそうならないと読むほうも疲れてくる。しかしこの長丁場を書き続けられる覆面筆者(文系新聞記者)の筆力には確かなものがあった。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。挿絵は朱雀、綾舟など。

dl.ndl.go.jp

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《一日存(なが)らへて居れば存(なが)らへて居るだけ、楽しみの増す代りに、従って苦痛も増し、未練が深くなって来て、初めの間違ったら死ぬばかりと云ふ浄(きよ)い決心も、自然と鈍って来て、仮令(たとひ)間違っても死にたくなくなり、罪の成敗はなるべく免れ度くなるは、豈(なん)と遣るせが無いではないか。其上(そのうへ)ならず此のやるせない愛情の塊りが其身に胎(やど)りでもしたら其時の悲歎は、今より想ひやられて、哀れでは無いか。其れ此れを思ひ合せると、死んで仕舞たいやら、死にたくないやら、何うして宜いか、自分で自分が解らなくなって仕舞ふ。なんと男として恥しい次第のものぢゃ無いか・・・》(「後の女警部」14)

 

 

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