明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『死美人』 黒岩涙香

 

1892年(明25)扶桑堂刊。フランスの作家ボワゴベ(Boisgobey) による『ルコック氏の晩年』(La Vieillesse de Monsieur Lecoq) を黒岩涙香が英訳本から重訳したもの。日本の読者向けに人名を日本人名に置き換えたり、事物を日本の習慣に直すなど、翻案に近い自由訳になっている。主人公のルコックについてはガボリオが創出した探偵で、その晩年期の人物像をボワゴベが借用してこの長編を書いた。涙香は零骨(れいこつ)先生と表記しているが、原作では Lecoq de Gentilly(ルコック・ドゥ・ジャンティ)それを⇒レコック・ド・ゼンチール⇒善池(よしいけ)などと苦心して読み替えている。仏語の原本はGoogle Books でも読むことができる。

 

雪の夜に衣装箱の中から発見された若い女性の他殺死体が息子ルイ(類二郎)に嫌疑が掛けられたことから、隠居していたルコックが全財産を賭けて事件の捜査に乗り出す。警察側も含め、捜査のプロセスが丁寧に記述されており、読み通すのに一カ月以上かかった。後年江戸川乱歩がこれを更に現代口語訳にしている。それだけ引き締まった骨組みの作品だったと思う。☆☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。押絵作者は未詳。

dl.ndl.go.jp

 

 

《言葉の花は七重八重無理にも咲かせど実のないのは誠に已むなき姿態柄。嗚呼(ああ)是が是れ当代に於ける文学界の真相なるかや然らば目下の文学界中、復(ま)た見るべきものなきかと云ふに、豈に必ずしもなしと云はん。(---)曰く黒岩涙香の訳せる此の「死美人」てふ奇小説は、文字坦々平原の如く、余人が企て及ばざる一種微妙の訳し方にて而も意匠は仏国の大家が思ひを凝(こら)して作りしものゆゑ、奇絶妙絶、神飛び魂消ゆ。》(序文:竹の家忍)



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