明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『瀧夜叉お仙』 島田柳川(美翠) 

 

1897年(明30)駸々堂刊。探偵文庫第一編。明治25年からの10年間は明治期の探偵小説の一大ブームが到来し、東京の春陽堂、大阪の駸々堂などが「文庫」「叢書」などのシリーズを組んで盛んに出版していた。奇しくも英国でホームズ物が発表された時期に重なる。日本の探偵小説は黒岩涙香が翻案していたフランスの新聞小説(フィユトン)の探偵奇談の要素が強く、まだ本格推理には至らなかった。

作者の島田柳川(りゅうせん)は生没年不明だが、尾崎紅葉硯友社の一員として活動していた。駸々堂からの一連の探偵小説シリーズに筆名を柳川、美翠(びすい)、小葉(しょうよう)などと変えながら多くの作品を書いた。言文一致体が定着する時期ながら、文脈の所々に文語体的な表現が散見される。(下記文例参照)

この作品は探偵小説と銘打ってはいるが、犯罪小説あるいは毒婦物と分類できそうな悪漢あるいは悪女の犯行と逃避行を描いている。なまじ美貌であるがゆえに巧みに人の目を騙し、危機から救われる恩恵を享受する。一般的には女は直接手を下さず、男に色仕掛けで教唆する事件が多いが、このお仙の場合は尺度が異なり、心奥が見えない恐ろしさがあった。☆☆☆

 

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は稲野年恒。

dl.ndl.go.jp

 

《人間は固(もと)より木石ではない。美しい女が秋波(ながしめ)して想ひを知らせたらむには誰とて胸を動かさざるものやあるべき。この漢(おとこ)も酔(よふ)につれて浮々する心も生じた。始めは一寸ここに寄りて身の上話を聞くつもりなりしも、夫(それ)が段々奥へ入りて一寸では済まされぬやうになり、一言が二言、二言が三言と遂々重なりゆく内に妙なことも云出し、妙な目色もつかい、それに互いの想いを知らして戯言を云出せば、戯れが次第に真事となりて、愛となり、恋となり、酒の上では出来やすき怪しき交情(なか)となって了うた。さりとは浅間しき行いである。》(第四十一回)

 

 

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