明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『古塔の影』 江見水蔭

1922年(大11)樋口隆文館刊。軽い筆致で小説を量産した江見水蔭の晩年の作品ということだが、なぜかこの作品だけはインターネットに公開されておらず、個人送信に限定していた。

物語の舞台は入間市近郊の丘陵一帯、昔朝鮮から渡来した高麗人たちが集落を構え、高麗郡と称したが、その秘宝を石塔の下に隠したという言い伝えがある。先祖からの関わりがあるそこの土地を買い占めようとする伯爵夫人と人気女優との確執、また無形倶楽部と称する有閑貴族たちの秘密結社の活動など、伝奇小説風の展開が興味を誘う。明治大正期の武蔵野鉄道(現西武線)沿線の風物描写もむしろ新鮮に思える。

心理描写の二重性、つまり自分が感じていることと実際の行動に表れる感情との背反性を各人ごとに描き分けている点が面白かった。残念なのはこの本が1巻だけで尻切れトンボになっていることで、これを手にしたのがちょうど百年後の今となっては、その未完の謎を知る術もない。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1907624

口絵は須藤宗方。

 

 

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