明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『明暗三世相』 直木三十五

 

1932~33年(昭7~8)改造社刊。上下2巻。直前まで朝日新聞に連載されたものを挿絵とともに出版。(デジタル・コレクション収容は上巻のみ)

1935年(昭10)春陽堂刊。日本小説文庫367~9、前中後全3篇。

 

 直木賞に名前を残した直木三十五なのだが、これまでその作品に出会う機会はなかなかなかった。これも国会図書館デジタル・コレクションによる個人送信サービスの賜物である。

 明治維新直前の大混乱期における会津藩の久蔵、久馬、久伍の三兄弟のそれぞれの生き様を描いている。世相を描く中で気が引かれたのは、当時の人々の中で小唄、ざれ歌、詩吟、囃子唄などが人々の口の上でごく自然に歌われていた点である。

 それから世界文学にはなく、日本文学においてのみ「純文学」「大衆文学」の区別が行われ、前者が優れ、後者が劣るかのような価値観が定着しているのだが、直木三十五の少なくともこのような作品に関しては、下記でも引用したように、手応えのある思考を正面から開陳する筆力に感心させられた。

 またヒロインの小房は、己の情愛と信念を貫こうと必死で、裸馬に跨って江戸に向って逃亡する乙女の姿として描いており、昭和初期の女性の意識向上を反映して非常に印象的に思えた。(江戸時代にこうした意志表示は不可能だったと思えるのだが…)全体の構成も見事で、埋もれた名作に出会った感じがした。☆☆☆☆☆

 

(付記)

 三田村鳶魚が『時代小説評判記』で当時人気を博していた「宮本武蔵」(吉川英治)や「雪之丞変化」(三上於菟吉)とともにこの「明暗三世相」などを槍玉に上げて、作家たちの時代考証の浅薄さ、稚拙さを喝破していた。論点はごもっとものことなのだが、ほとんどの読者は三田村ほどの専門家ではなく、時代風景や場面描写を照合する知識は持っていない。作家たちが描いた人物の動きや情景に映画やTVで見おぼえた記憶を想像力で補いながら読み味わっているのにすぎないのだ。それでもその作家たちの筆の冴えで迫真的にもなり、感動もする。それこそ物語の力なのかもしれない。

 

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1693917

挿絵は中村岳陵。(春陽堂版は中島松二)



「物の崩壊する時には、内部の腐敗と共に、外からの制圧のあるものだが、それが、ことごとく揃うて、来てをるな。(---)わしらは、どうしていいのか、目の前に、己の立ってをる地盤の、崩れて行くのを見ながら、どうすることも、出来ないのだからなう。」(危機)

 

 

《銃丸(たま)への恐怖も、危険に対しての恐怖も、何もなかった。自分の力でなく、人の力でもない ―― だが、強い力が、脚をひとりでに走らせてゐた。そして、身体も、頭も、たゞ、その脚の上にのって、訳もわからず、走ってゐた。頭の中にも、胸にも、時々、烈しい、不安さと、気味悪さとが起ったが、脚は、そんなことに、少しの躊躇もなく、土を蹴ってゐた。そして、七八間、そのまゝ走って、銃丸(たま)が当らないと、もう、脚も、胴も、頭も、一緒になって、(くそっ、おのれ)と叫んでゐた。》(第二の戦)



『人心、かうなっては、滅びる外にあるまい。幕府が滅びると申すのではなく、士(さむらひ)といふものが滅びるのぢゃ』(曇る空)



『人間の世の中、さう一概にはきまってをらんて――時としては、おのれの時、時によっては女のため、又、ある時には人のため、場合によっては天下のためと、いろいろに働いてみるのぢゃ。その中に、どれがよいと、きまったものはない。総てその場合々々、己の誠心誠意の向けられるものへ働くのだなう。』(最後の戦)



 

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