明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『少女地獄』 夢野久作

少女地獄:夢野久作

1936年(昭11)黒白書房、かきおろし探偵傑作叢書第1巻。


『探偵小説:少女地獄』というタイトルで、書き下ろしの単行本として出版された。目次によれば、『何んでも無い』、『殺人リレー』、『火星の女』の三部作をまとめた中短編集である。個々の作品は独立した話になっている。

『何んでも無い』は意味深長に感じた。人間誰でもうわべを取り繕うことを日頃から行っている。互いに赤裸々な状態で接することはほとんどありえない。しかしながら自分の夢想する姿を自分の関係する世界にまで広げて嘘で固めたという乙女の執着と破綻の生き方には驚嘆させられた。それを淡々と物語る作り手の緻密さにも脱帽する。これこそ文芸作品と言うべきではなかろうか。

『火星の女』でも、尊敬を集める教育者たちの「取り繕い」の巧みさと醜悪さが描かれる。陰の真実を暴露することは表の秩序の崩壊にもつながり、そのためには自己犠牲もやむなしと思うに至る。これは緻密な復讐計画でもあるのだが、人間の心の深淵を覗かせてくれる夢野久作の手腕は賞賛したい。☆☆☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1228197/1/6

カバー絵は装幀を担当した斎藤喜兵衛によるものと思われる。『殺人リレー』の事故に見せかけた犯行場面を暗示している。

少女地獄:夢野久作2

《同時に姫草ユリ子の虚構(うそ)の天才が如何に驚く可く真に迫ったものがあるかを証明するに足るものがあると信ずるからである。普通人の普通の程度の虚構(うそ)では、到底救ひ得ないであらう。かうした惨憺たる破局的な場面を、咄嗟の間に閃めいた彼女独特の天才的な虚構(うそ)――十題話式の創作、脚色の技術を以て如何に鮮やかに、芸術的に収拾して行ったか。》(何んでも無い)

 

「つまり一種の妄想狂とでも云ふのでせうな。自分の実家が巨万の富豪で、自分が天才的な看護婦で、絶世の美人で、どんな男でも自分の魅力に参ゐらない者は無い。色んな地位あり名望ある人々から、直ぐにどうかされてしまふ――と云ふ事を事実であるかの様に妄想して、その妄想を他人に信じさせるのを何よりの楽しみにしてゐる種類の女でせうな。」(何んでも無い)



「私の心の底の空虚と、青空の向ふの空虚とは、全くおんなじ物だと云ふ事を次第次第に強く感じて来ました。さうして死ぬるなんて云ふ事は、何でも無い事のやうに思はれて来るのでした。宇宙を流るヽ大きな虚無――時間と空間のほかには何も無い生命の流れを私はシミジミと胸に感ずるやうな女になって来ました。」(火星の女)



 

にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ