1956年(昭31)1月~12月、雑誌「小説俱楽部」連載。
1956年(昭31)同光出版社刊。
江戸の町中に住む蘭方医元応宛てに長崎のシーボルトからもたらされた秘薬の争奪戦が物語の中心となる。表向きは幕府の禁制となっていたが、御典医岩村は金づるで巾着切陣十郎一味にその秘薬の横奪を命じる。蘭方医の味方が無役御家人の主人公新田長七郎である。彼に思いを寄せるスリの姉御お石も仲間を使って防戦に加わる。
善玉が強すぎる点は、言い換えれば悪玉が弱すぎることになるのだが、物語の展開は安心感ゆえに締まりがゆるくなってしまう。江戸情緒や人情の機微には筆の冴えが感じられるのだが、作者の言葉(別掲)通り、人物たちを前後左右に勝手に泳がせて見守っている感じもした。☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1790613/1/42
https://dl.ndl.go.jp/pid/1645509/1/3
雑誌連載時の挿絵は志村立美。
「人間らしい生き方を一日もしないで死ぬのは如何にも口惜(くや)しい、このままでは地獄へ落ちるだろう、おれは、どうして、今死ぬというこんな土端場になって自分の悪かった事などに気がついたのだろう、これが気がつかずに悪人のままで死ぬ方が却って気楽だった。はじめてからだも心も苦しんで死んで行く。これが、仏様の罰というものだろうか」(陣十郎最後)