1957年(昭32)東方社刊。
小島政二郎(まさじろう)は市井物、風俗小説が多いのだが、これは異色の探偵小説だった。謎の男から財界人を狙って大金を脅迫する髑髏マークの手紙が次々に届く。その約束や期限を守らない場合は車へ爆弾を仕掛けるなどして殺害される。警視庁の捜査部長も必死に活動するが、一味の組織力に翻弄され、左遷される前に辞職する。ルパンやジゴマの影響を受けた明治大正期の怪盗物の定石を押さえ、特ダネを追う主人公の新聞記者に、兄を殺された映画女優を配した犯人捜索劇になっている。ただし書き慣れた探偵作家たちと違って、彼の文脈の流れは緩やかで、読者を引き込むほどの迫力表現には欠けていた。身代金の受け取りにズブの素人を手先に使う手口は、最近の特殊詐欺の「受け子」を使っているのと同じで、犯行の巧妙さは普遍的なことがわかった。☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1645548
《姿態にも、容貌にも威厳があって……、この花は、いゝ薫を放ちながら、異性が蜜を吸いに近付くことを許さない雰囲気を持っていた。唯一点、目だけが、天鵞絨(ビロード)のような限りない柔かさと深みとを湛えて、情熱の火を燃やしていた。長い睫毛が、その燃え上がろうとする情熱に茂みのような陰翳を落して、妖艶な底知れなさを加味していた。》(女優)
「大きな組織体を持っている必然の結果として、彼はその組織体を形づくっている多数の人々を養う為めに、あとからあとから大金の必要に迫られなければならない。(…)ここに於て、髑髏のサインは富豪、成金の類を嚇して、一挙に大金を捲き上げると云う恐喝手段に出た。(…)彼に狙われた犠牲者は、命が惜しいから、仕方なしに大金を出す。彼の威嚇力は百パーセントその威力を発揮する訳だ。」(時節到来)