明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『黒牡丹』 根本吐芳

黒牡丹:根本吐芳

1903年(明36)青木嵩山堂刊。

日清戦争講和後の清国における混乱した政変の動きを遠景に、若い男女の活劇譚を描く。ヒロインの英子は政争で日本に亡命した清国人夫婦の子供で、両親の死後養親に育てられ、表面上は日本女性と変らない。彼女が神戸で出会うのは清国人のような辮髪と支那服の青年だが、日本語をネイティブに話す。彼は日本人だが、逆に清国人に育てられたことがわかる。彼と別れた後、英子は養親の家から追われるように逃げ出し、金も持たず、頼る先もない孤立無援の境遇に陥る。不運と幸運とが入り交じる物語の運びは、妙齢の女性には苛酷だが、格調高い美文調の叙述とともに面白く読むことができた。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/886173

口絵は鏑木清方

 

黒牡丹:根本吐芳2

《人か、人にしては餘りに美し、神か、神にしては餘りに妍(あでや)かなり。年齢(年頃)漸く十七八、痩(やせ)たるに非ず肥たるに非ず、手足と云ひ、眉目と云ひ、其釣合極めて好く、色は飽く迄白くして活気を帯び、揚巻に結びたる髪を、白色のリボンにて飾り、紺飛白(がすり)の単衣(ひとへ)に、紫繻子(しゅす)と友禅の昼夜帯を、胸高にキリリと締め、純然たる女学生の風にはあれど、天然の容色は総(なべ)ての物を引立たせて、如何なる高貴の令嬢とも、又名手の筆になりし美人画に魂宿りて、脱出(ぬけい)でしかとも思はるゝ一婦人が、(…)麗はしき姿を顕はしたる事とて、恰かもこれ万緑叢中紅一点の観あり、》(第三輪)

 

《今迄に知らざる恋といふことを知り初め、暫時(しばし)も心静かなる能(あた)はざるが我れながら怪しきこと、今宵別れて又何(い)つ逢はるべきと思へば、漫(そぞろ)に其人の慕はしきこと、交々心に往来して、果(はて)は乱れて糸の如く、忘れんとして思ひ、眠らんとして覚め、夢は我れを弄(もてあそ)び、我れは夢を捉へんとす、》(第十三輪)

 

《恋の鳴門に船を浮べて、危きを知るもの少なく、色の抜穴に迷ひ入りて、出口を忘るゝものは多し、実(げ)に此の廓(さと)の賑ひは、昔も今も同じなれど、今日は取分け弾初(ひきぞめ)に音色冴えたる、三弦(さみせん)に合せて、鼓(つゞみ)太鼓の景気好く、五十軒から仲之町の茶屋の二階は、灯火昼より明るくして、障子に写る影法師の、踊るもあれば舞ふもあり、表は松竹注連飾に入る幇間出る芸妓、客は初買に華美を競うて、約束仕舞に黄金を撒くこと、節分の豆か、往来の礫(こいし)か》(第四十五輪)

 

 

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