1918年(大7)樋口隆文館刊、前後2巻。
(せいかいは)とは古くからの言葉で文字通り「青い海の波」のことだが、雅楽の曲の名前として、あるいは丸い扇形の波を鱗のように重ねた紋様名として用いられている。明治には与謝野晶子の歌集の題でもあった。
物語の発端は、東京の尚武新聞社が企画した5時間の遠泳大会で、優勝者には賞金が懸けられていた。多くの希望者の中に紅一点のうら若き女性がいた。品川の陋屋で飲んだくれの父親と暮らすヒロインお登和であり、その賞金で生活苦を脱し、父親に酒を飲みたいだけ飲ましてやりたいという孝行心からであった。大会での結果よりも、この異色の参加者の話はたちまち新聞で紹介され、各方面からの同情心を買うが、父親はそれに悪乗りして酒に奢り、彼女はますます困窮する。
古来の美徳とされた親への忠孝がどんなに性根の腐った親に対しても尊ばれなければならないのか? 小説では華族家の温情やグレ男女の改心などのお蔭で救われるが、人生の根源問題としては残り続け、現代でも常在する介護や養育の問題と同根だと感じた。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/909372
口絵は笠井鳳斎。
「ぢやァその画がさうですか。大層美人だ、面長で、地蔵眉毛で、目が可愛らしく鼻が高くッて、口が小さくッて、申分のない女だ」(十)