1899年(明32)今古堂刊。
松林円玉(しょうりん・えんぎょく、1866~1940)講釈師。明治後期に多くの口演速記本を出している。二代目松林伯円の弟子で、1889年に23歳の若さで五代目松林円玉を襲名する。のちに改名して悟道軒円玉となり、この名前の方が知名度が高い。若い頃の川口松太郎が寄宿して口述筆記を行ったという。
「鬼神のお松」という名を持つ女性は奥州の山賊の首領として知られた伝説的な人物である。この一篇はその前段までで終えている。お松は江戸の剣術の道場主の娘だったが、父は継母が来た後に風邪がもとで病死する。継母はお松を深川の芸妓として身売りに出し、自分は財産を処分して門弟の一人と共に逃亡する。お松はそこで評判の芸妓となり、その後侠客と夫婦になる。ある時、喧嘩騒ぎから江戸にいられなくなり、夫婦はバラバラに逃げ出すことになる。お松は知人を頼って川越に行くが、そこで継母とその情人に出会い、従前の復讐をすることになる。享保五年十一月二十八日という日付も語られ、筋立てが不揃いな点から見るとむしろ現実味がある。思うにそもそもこの物語は凶賊とは別個のものであり、無理に鬼神お松にこじつけたのではとも推測できる。話としてはほどほどに面白かった。☆
この明治中後期には講談速記本が非常に沢山出版されていた。「鬼神のお松」の話も何人かの講釈師によって演じられ、それぞれに別の版元から速記本が出ていた。本書の他に揚々舎鶴燕と、田辺大竜のものがある。前者は円玉とほぼ同じ内容で、頁数も同等であるのに対し、田辺版はかなりの大部なので、もっと詳細な話なのかと期待して読み出したが、脱線が多過ぎて、つき合いきれずに中断した。話術と言えども整理整頓は必要だと感じた。
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/889799
挿絵の作者は不詳。