明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『白い蛇赤い蛇』 舟橋聖一

白い蛇赤い蛇:舟橋誠一

1932年(昭7)11月~ 都新聞連載。

1932年(昭7)有光社刊、「純粋小説全集」第9巻所収。

1933年(昭8)紀伊国屋出版部刊。

1956年(昭31)8月、雑誌「小説倶楽部」に縮約版掲載。

1956年(昭31)三笠書房刊。

 

白い蛇赤い蛇:舟橋誠一、富永謙太郎・画

舟橋誠一(1904~1976)の初めての新聞小説とされる。昭和初期のモダニズム風俗と軍部の中国進出が盛んになった時期に当たる。主人公は作家志望の青年菖吉。父親は山師のような事業に奔走し、家屋敷は抵当に入り、いつ競売に付されるかわからない状況に追い込まれ、金策に明け暮れている。しかし姉の嫁ぎ先は実業家で羽振りが良いために一時しのぎの支援が得られる。菖吉はあえて働こうともせずに文学青年的な模索の日々を送る。親戚で叔母・甥の関係にあたる美人姉妹たちとの感情の機微が綴られる。その繊細な表現には筆の冴えを感じた。また一方で菖吉は、実姉の夫の愛人である芸妓となぜか気が引かれ合ってしまう。これらの相関図はかなり複雑で、踏ん切りのつかない混沌に気が重くなる感じがした。海岸の別荘地での避暑に何人もの人物を呼び寄せて、享楽的に過ごす、あるいは山間の温泉地に旅行するなど、人生の生き方に締まりがないのは、別世界の話のようで共感は薄かった。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1229183/1/74

https://dl.ndl.go.jp/pid/1211568/1/3

https://dl.ndl.go.jp/pid/1790619/1/36

https://dl.ndl.go.jp/pid/1355518

紀伊国屋出版部版の挿絵は木村荘八

雑誌縮約版の挿画は富永謙太郎。

 

白い蛇赤い蛇:舟橋誠一、木村荘八・画

《菖吉も少しふざけて、握られた手をその儘(まま)妓(をんな)の胸にもっていった。――妓の肌の香料が燃えるやうに鼻を衝いた。(…)毎夜、毎夜、愛欲の宴に侍って、男はまるで八卦筮竹のやうなものだと、さっき彼女はいってゐた。菖吉はだんだん自分がこの妓に惹きつけられていくのを感じた。》(舞踏場)

 

《現代は簡単なスロオガンをかかげるためには、あまりに複雑なのだ、と。――まさに現代はどんづまりを彷徨してゐる。そして自分は僅かにその中に落ちてゐる真実の破片を拾はうとしてゐるのだ。》(飛礫

 

《秋絵は泥足につっかけた白蛇のハイヒイルで、渚の貝を、ポイポイと蹴りながら、自分が今まで、貝殻のやうに靴先に蹴りとばして来た男たちのことを考へた。》(岬のホテル)

 

白い蛇赤い蛇:舟橋誠一、富永謙太郎・画2

《ふたりが堅く相抱いてゐるここは、恰度(ちやうど)車内の乗客の目から遮られて居り、もう堤の切れた奔流のやうに、盈子(えいこ)は全身に愛情の波をわき立たせながら、迫ってくる男の熱い呼吸を、自分の唇のなかに受けた。》(望楼の朝)

 

白い蛇赤い蛇:舟橋誠一、木村荘八・画2

《自分のやうな懐疑派とはちがって、果断で聡明で、行動力にとんでゐる。いひかへると理知的で肉体的で、加之(しか)も真実の上に坐してゐる。それらがこの彼女ののびのびした美しい醇良(じゅんりょう)さを作り出すのだと、昌吉は、あらためて彼女の真価を発見した様に思った。》(望楼の朝)

 

 

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