1919年(大8)実業之日本社刊。
永代静雄(ながよ・しずお、1886~1944)は作家としてよりも、明治文学史研究における田山花袋の『蒲団』の登場人物のモデルの一人として注目され、その生涯が「微に入り細に入り」詮索され続けた人だと言えよう。(これには文学研究そのものの閉塞性さえ感じる。)彼は文壇の作家たちとの交友もあり、新聞記者、評論家、西洋史家、翻訳家、小説家と幅の広い文筆活動をしたようだが、探偵小説や文芸作品がありながらも、ほとんどそれに言及されることがないのは不思議でもある。
それは事件の描かれ方が超自然的だからかもしれない。表面的には、外相がたびたび原因不明の昏睡状態に陥り、ほどなく正気に回復するのだが、外交上の国家機密が漏洩してしまう。それが外相の奇病が原因らしいと推理した側近は、来訪者の中から不審な宗教家を疑い出す。探偵役として、米国から帰った理学士の高仲少年や4人の少年探偵たち、警視庁の元警部等が活躍する。彼らの行動は理性的かつ組織的であり、この時期に雑誌「新青年」が創刊されたのと同じ空気感がある。
永代静雄にはSF作家的な萌芽があると評する横田順禰の論書もあるが、ここではむしろ超自然的な色合いがある。読心術を深更させた「知心術」つまり人と対面しただけで相手の心を読める特殊能力を高仲少年が駆使し、相手方の秘法、つまり夢遊病を上回る離魂病で呼び寄せた霊魂から重要機密情報を聞き出すという「喚魂瓶」(下記に略述)の秘術を暴き出す、という内容で、やや荒唐無稽さに振り回される面白さがあった。彼には他にも『透視液:探偵小説』や『天体旅行』などもあるのでそのうち読んでみたい。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/913476
口絵は作者不詳。
『さうだ、理外の理!あの不思議な外相の奇病!あの恐ろしい心の状態!生きてゐてある時間だけ死んでゐる心!切断されて真闇な穴になってゐる心!その間の心の行衛!行衛不明の心の断片!』(又復外交の機密漏洩)
『霊魂を呼び寄せて治療するのぢゃ。これは喚魂(くわんこん)の秘法と云って、私の法力の奥許しぢゃ。神秘にして漏らす可からざるものぢゃ。』(魔か妖僧か主霊尊者)
『毒蛇と蟇(がま)と大蛞蝓(おほなめくぢ)を一つに煮詰めて蓄へてあった毒汁を喚魂瓶の中へ注ぎ入れた、その汁を瓶の中にあった蜥蜴(とかげ)と鼠と蚰蜒(げじげじ)との粉によく混ぜてから、その汁を印度製の此の厚紙の上へ流した。それから厚紙を活火(くわつくわ)と生(おこ)ってゐた大火鉢に翳(かざ)して燥(かわ)かし、乾いた紙を此の三又の臺(だい)に挟んで、呪文を唱へながら鉛筆を紙の上に置いた。その方の手は何か目に見えぬものゝ力で動かされるやうに動いて、自然(ひとりで)に紙の上に沢山の文字を描いた。その文字こそはその方の盗まうとした遠野外相の霊魂(たましひ)の秘密で、重大な外交の機密であった。』(外道の妖術喚魂秘法)
※参考記事
神保町系オタオタ日記:消えた大西小生
永代静雄 著作目録
http://shousei.g1.xrea.com/alice/diary18_01.html