1956年(昭31)あまとりあ社刊。
大河内常平(おおこうち・つねひら、1925~1986)は探偵作家として戦後の10数年間のみの活動しかなく、あまり記憶に残る大作もなかったので忘れ去られている。これは初期の短編10作を集めたもので、副題に「エロチック・ミステリイ」と付されているが、版元が性文学専門なので仕方がなかったかも。しかし各篇とも中身はかなりドライな語り口で、社会の片隅に生きる人間模様が描かれていて味わいがあった。
特に表題作の『不思議な巷』は、終戦直後の歓楽街の場末にある祈祷師の所で、頼んだ願い事が短絡的な偶然で次々と実現するという、ネルヴァル風の怪異譚に似た趣きがあった。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1645088
カットは浜田稔。
《鉄筋コンクリートの建造物というものは、まだその生命が、科学的に立証されていないということだった。すくなくとも、天災にでもあわぬ限りにおいては、コンクリートのビルは、ますますその質性の強度をつよめてゆき、外郭の壁は何千年の年月に堪え得るものと想定されているという。――とすればだ、このビルもまた、何千年いや数万年もの生命を維持するかも知れぬ。それは人類の尽きぬかぎり、駿太郎のような蒼白い薄給に喘ぐサラリーマンの群を、コツコツと呪わしく酷使しつづける存在ともなろう。》(風邪薬の謎)
《その夜ひと晩中お君は、布団をかんで泣き通した。畜生ッ、畜生ッと呪いながらも、すごい未練があった――女にした男の、そして女の魂を吸うような鋼みたいな修造の肉体が、口惜しくてならずに、しかも忘れられずにもがき悶えた。》(囮)