明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『薔薇夫人』 竹田敏彦

薔薇夫人:竹田敏彦

1952年(昭27)向日書館刊。

1957年(昭32)東方社刊。

 旧華族の邸宅を買い取って高級中華料理店「薔薇園」を営む女主人の葉山貴志子の謎めいた行動が興味を引く。しかしながら物語はいきなり戦前の中国に舞台を移す。青島で日系のマッチ会社の社員瀬田荘吉は仲間の姦策によって匪賊に囚われ、山中の巌窟で苦渋の日々を送ることになる。この部分はデュマの「モンテクリスト伯」いわゆる「巌窟王」に似せている。翻案的な骨格でありながらも、作者の描写は丹念で迫真的であり、興味が衰えることはなかった。姦策を巡らした青木兄弟はさらに瀬田の美人妻貞江や娘貴美子までも翻弄する。脱獄に成功した瀬田は財宝を手に入れながらも、瀕死の重傷を負わされ、その憎悪と復讐心を抱き続け、戦後を期して日本に帰る。悪徳人物の人間味も巧みに描かれており、時間と空間の構想の広い一大ロマンだと思えた。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1645554

東方社版のカバー絵は御正伸。

 

薔薇夫人:竹田敏彦、カバー絵:御正伸

《水平線の雲を突いて、ほのかな月魄の明りが女の顔を正面から照らしてきた。可憐な志那風の前髪にした広い額、彫刻のような気品に整った鼻。豊かな両頬の線をきゅっと引きしめた蠱惑的な唇の魅力。ただ、刺すような激しさを見せる切長な眼だけは、さっき船員達に投げたあの蕩けるような愛くるしい微笑の瞳とは思えぬ程の、鋭い冷たさに凍って見えた。正に凄艶とも形容すべき妖美な娘である。》(謎の一等船客)

 

《年の頃は二十七八であろうか、年令には地味すぎる黒いシールのコートがすんなり伸びた肢体の曲線を、却って奥床しい魅力に匂わせ、知性をたたえた広い額、彫んだような整った鼻、その冷たいばかりな気品が、豊かな両頬の線の柔かさと、花片のような唇の魅惑に調和され、その鮮かな調和から発する深い性格的な冴えが、この女の稀な美貌を、更に新鮮な香気に匂わせていた。ことに綺麗な睫毛の揃った切長の眼に微笑む瞳の深さには、高い傲りと、妖しい媚びと、そして、ともすれば燃え立つような不思議な情熱をさえ秘めて、人の心を刺すような妖しさに輝いている。》(二つの夢)

 

「その狂暴は、何を意味するか。実は、瀬田から奪ったお前を、さらにわし達兄弟で争った、その非道に報いる復讐なのだ。真底お前を愛していないものなら何故あのような気狂じみたことをする……いや、そればかりか、お前に命じて、ことさら俺を殺させる。これが愛情の試験でなくて何であろう。これこそは、一旦汚された妻に、なお断ち切れぬ愛情の悩みと、眼を失い顔を焼かれて、女の愛に自信を失った瀬田の心の地獄の現れなのだ。」(悪魔の箴言



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