
1933年(昭8)春陽堂、日本小説文庫307
海野十三(うんの・じゅうざ、1897~1949)の活躍の盛期は戦前・戦中期だった。SFと言うよりも「空想科学探偵小説」と言った方が昭和レトロの雰囲気に合っているように思う。表題作『赤外線男』と『盗まれた脳髄』では海野の生み出した名探偵「帆村荘六」(ほむら・しょうろく)が活躍する。名前がホームズのもじりなのだが、性格はそれほどアクのないように描かれている。この巻では他に5篇の短篇が収められおり、理系の作家として電気仕掛けのトリックが多い。(『電気看板の神経』、『夜泣き鉄骨』)

『赤外線男』では赤外線カメラやテレビジョン画像の試作など、最先端の科学技術を紹介しながらも、その器械によって未知の不可視の人間を登場させる面白味があった。文体にはどこか温かい懐かしさを感じる。
『盗まれた脳髄』では、東京中の各分野の理工学者たちが次々と奇病に襲われ、研究開発中のアイデアが漏洩されてしまうという事件。液体水素の技術を応用したエネルギーなどの記述は彼の作品にしばしば出てくる。どのようにして個々人の脳内にアクセスできるのかにSF的な飛躍がある。
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1901265
挿絵には ”Mac”という署名が入っているが不詳。初出誌を参照できれば判明すると思う。

「それは実に、吾人がいまだ肉眼で見たことのなかった不思議な生物が、その器械によって発見されたことである。それは確かに運動場の上をゴソゴソと匍ひまはってゐた。予は眼のせゐではないかと、器械から眼を離し、肉眼でもって運動場を見たが、そこにはその影もない。これはと思って、赤外線テレヴィジョン装置を覗いてみると、確かに運動場のテニスコートの棒ぐひの傍に、動いてゐるものがあるのだ。」(赤外線男)
《帆村探偵は、妙な癖の持主だった。といふのは、彼は何か考へごとがあるといふと、よく上野の動物園へ入ることだった。やがて三十歳に手の届かうといふ帆村探偵が五つ六つの子供の喜ぶ動物園を好むといふのだから実に呆れた次第だった。(…)時には一歩進んで事件解決の素晴らしい鍵を見付けたことも二度や三度ではなかった。》(盗まれた脳髄)
*参考過去記事: