明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『忍術己来也』 白井喬二

忍術己来也:白井喬二

1922年(大11)1月~、雑誌「人情倶楽部」連載。

1926年(大15)衆文社刊。

1970年(昭45)学芸書林、定本白井喬二全集・第13巻所収。

 まったく人を食った書きぶりだった。一見通俗小説と見せかけながら、凡人たちの理解力や知識に到底及ばぬ古文書や漢籍の世界、果ては中国古代の故事まで並べ立て、勝手にどんどん自分の話を進めていくというスタイル。衒学的というか擬古的というのか、恐らくその大半が検証不能なでっち上げだったかもしれない。

忍術己来也:白井喬二、御正伸・画

 盗賊の巨魁たる己来也(こらいや)はその忍術を武器に江戸の大名や旗本の屋敷を襲って、金銀財宝をいとも容易に搔っ攫う人物だが、講談話の「自来也」もしくは「児雷也」よりも飄々とした表情に描かれながらも、人物像としては曖昧にしか捉えられなかった。

 物語の主人公としては、面彫師の烟取下衛門(けむりとり・くだりえもん)が漢籍の忍術書を読み解いて、己来也の術に対等に立ち向かう。素朴な疑問としては、たとえ一晩徹夜で読み通せたとしても、術を体現できるかどうかは別問題のはずなのだが・・・一杯食わせられたか。☆☆☆

 

忍術己来也:白井喬二、金森観陽・画

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1169057

https://dl.ndl.go.jp/pid/1183265/1/3

衆文社版の挿絵は金森観陽、学芸書林版の口絵・挿絵は御正伸。

忍術己来也:白井喬二、御正伸・画2

《この時代の白井喬二は、まったく奇略縦横といったところだ。徹底した出鱈目な筋立、奇異な語彙、破天荒な空想力。芥川龍之介が「忍術己来也」を読んで、空想だけで書いているのなら大したものだ、といったその天馬空を行く想念。大衆文学のパイオニヤの面目躍如として、大方の読者は圧倒されたのである。》(八木昇「大衆文芸館・興隆期の大衆文芸」)

 

忍術己来也:白井喬二、金森観陽・画忍術2

《この烟取の面の中に盗賊面というのがある。元来が人間には生れながらにして悪心があるもので、その悪心を背妬獲(はいとくかく)といって背く悪、嫉妬(そね)む悪、奪う悪、これが人間天性の三悪だ。その三悪のうち獲悪を現わしたのがこの盗賊面、数は十六個だ、これが烟取の面のうちでは最大傑作といわれているだけあって、実にうまく出来てる。》(第1席)

 

「およそ人物とは胆真技と申しまして、勇気あること、明義正道を踏むこと、技能実力あること、この三つが備わらばすなわち初めて人物と申すことが出来ましょう」(第5席)

 

※関連過去記事:

『豪傑児雷也』 神田伯龍

『三怪人』 江見水蔭

 

にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ