明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『人間灰』 海野十三

人間灰:海野十三

1940年(昭15)春陽堂文庫260

どこかSF的寓話の味わいのする短編集全7篇。その大半に海野が生み出した名探偵帆村荘六(ほむら・しょうろく)が顔を出す。

表題作の『人間灰』は、山奥の高原の右足湖畔に建つ空気工場で起きる謎の連続失踪事件を地元の警察署長が捜査する。湖上に強い西風の吹く夜に、超低温で生成した液体空気によって人体を粉砕し、気球から湖面に散布するという奇行が暴かれる。どこかスイス風のバタ臭さを感じた。☆☆☆

人間灰:海野十三

 

『彷徨ふ霊魂』は、アマチュア無線局を持つ鬼村青年が、空間をさまよう霊魂の女と交信し、身代わりとなる女性を探させられてその身体に入り込むという話。昨今の巧妙な詐欺手口に共通するウマさがある。

 

『一九五〇年の殺人事件』は、1935年頃に書かれたとすれば15年後の近未来を空想した作品だと思う。人間の半身を接着できるほどの外科技術の進展とはまさにSFだった。



国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1111813

挿絵画家は氏名不詳(KAWというサインあり)

獏鸚(ばくおう):海野十三

《人間が死ぬると、その霊魂は何處へゆくのか。その霊魂といふやつは、何処で何(ど)んなにして暮すのか。イヤそれより手までにもっと根本的な問題がある。一体人間には霊魂などといふものが有るのであらうか、それとも無いのであらうか? これに対する答案は、誰しも知りたいと思ふところであるけれど、いまこれについてハッキリ答へられる者は実に極く稀である。》(彷徨ふ霊魂)

 

「さうぢゃ。能力さへあるなら、人間はどんな欲望でも遂げたい。すべての達せられる程度の欲望が達せられると、この上は能力をまづ開拓して、それによって次なる新しい欲望を狙ふ。欲望の無くなることは無い。」(遊星植民説)




 

にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ