明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『新版大岡政談』 林不忘

新版大岡政談:林不忘

1926年(大15)10月~1928年(昭3)5月、大阪毎日新聞東京日日新聞で連載。

1955年(昭30)同光社刊、上下2巻。

 タイトルの「大岡政談」は古くから大岡越前守が関わった事件の数々を物語るものに冠せられてきた。この作品についても、大岡本人やその股肱たちも登場するが、あくまでも遠くから見守るという立場に終始している。

 

 林不忘は伝奇小説の構想だったと思う。名匠の手になる大小の二刀、乾雲丸と坤龍丸を指南役の道場主が持っていたのだが、相馬藩の殿様が所有欲を抑えきれず、家臣の丹下左膳に密命を下したというのが発端になる。左膳は道場破りをして、主を惨殺し、乾雲丸を手に入れて逃亡する。残りの坤龍丸は門下の諏訪榮三郎が預り、乾雲丸を奪還すべく奔走する。この名刀の争奪戦が物語の主幹なのだが、これに男女の思い思われの相関図が絡み、さらに江戸っ子の生活風俗が描かれる。格調の高い体言止めを多用する不忘の語り口は悠長だが、図式が定まっているのになかなか決定打が出ないという中だるみ感もあった。

 

 そして作者も予想外だったのが、丹下左膳という隻眼隻腕のニヒルな剣鬼の存在で、この巻では悪役の脇役の一人でしかなかったが、読者の人気はウナギ昇りとなり、別に主役としての長編を生み出すこととなった。「作者を超えるキャラクター」とは不思議な現象だが、創作の世界では少なくないのが興味深い。☆☆☆

 

大岡政談:林不忘、小田富彌・画

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1357039/1/3

https://dl.ndl.go.jp/pid/1354626/1/3

新聞連載時の挿絵は小田富彌。

 

林不忘に関する言及

「新聞研究」303/304号;高木健夫「新聞小説史」77/78

https://dl.ndl.go.jp/pid/3360862/1/22

https://dl.ndl.go.jp/pid/3360863/1/27



《世の中はすべて思ふまゝにならないことの多いなかに、一ばん自分でどうにでも出来さうで、それでゐて如何ともなし難いものがみづからの心であるやうな気を、彼はこの頃身に沁みて味ははなければならなかった。》(緑面女夜叉)

 

大岡政談:林不忘、小田富彌・画2

《冬らしくもない陽がカッと照りつけて、かうして日向に出てゐると、どうかすると汗ばむくらゐだ。ウラウラと揺れる日光のにほひが、障子に畳にお神棚に漂って、小さなつむじ風であらう。往来の白い土と乾いた馬糞とが面白いやうにキリキリと舞ひ上って消えるのが、格子戸ごしに眺められる。》(合はせ鏡)

 

《日の光が町全体に明るく踊って、道ゆく人の足もおのづから早く、あわたヾしい暮れの気分を作っていゐるなかにも、物売りの声がゆるやかに流れて、徳川八代泰平の御治世は、どこか朗らかである。》(合はせ鏡)

 

新版大岡政談、第二篇、日活 (1928)

《何事も!何ごとも……と常にみづからを押へてはゐる。が、かうした物さびしい早春のたそがれなど、ひとり路を歩いてゐると、一たい今この道を踏んで行って何処へ往き着くのか? わが身の末は何うなるのであらうか? 自然とかぶさってくる暗い考へが、眼に見えぬ蜘蛛の糸のやうにかれの心身にからみつくのを何うすることも出来ないのだった。》(影芝居)

 

 

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