
1948年(昭23)岩谷書店刊。
「オラン・ペンデク」とはインドネシアのある土族の言葉から「小猿人」という意味に取れるという。人類学者としては新たな原人の発見と目され、その探索の経過と猿人たちの観察、検証などが学界の権威者たちの前で発表される。その学究的な言致は、素人の読者を立ち入らせないほど緻密に練り上げられていた。発表者の博士や友人が相次いで死亡するが、それがオラン・ペンデクによる復讐であることが明かされる。続篇の「後日譚」も夫婦愛をはじめ様々な感情が交錯する幻想的な世界が描出されていた。

併収の「海鰻荘奇談」も香山の傑作の一つである。豪壮な設備を誇る海鰻荘に付属する巨大な水槽に泳ぐウツボや電気鰻を凶器として、不倫の妻に対する復讐心をその不倫で生まれた娘が成長するまで待ってから恨みを果たすという富豪の男の狂気を描く。ここでも魚類に関する衒学的な記述が多かった。☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1708476
表紙絵・挿画は山名文夫(あやお)
《それは正に白面の人間なのだ。眼が黒く、智的な輝きにあふれていた。その額には紅ばらの葩(はなびら)のひとつを貼りつけたような紋様が、折からの夕映にくっきりと浮き出されて、燃えるように輝くほど美しかった。》(オラン・ペンデクの復讐)
《この美しい集団生活を送る種族を、文明人はあらゆる武器をとって、世にあばこうとする。彼等はそれを学術に籍口するが、その本心は醜い虚栄と名誉慾なのだ。若しそれが新人類研究の止むに止まれぬ欲求本能であるというのなら、私は、そんな本能を軽蔑する。》(オラン・ペンデクの復讐)
《誰でもよい、今の瞬間まで夫婦であった片方が急に自分はあなたの夫ではない、妻ではないと固く言い張り出したら、それに対して確証をもって反駁し得るものがあるであろうか。もともと夫婦などというものは、不安定な当事者同士の申合わせでしかない。常識と傍証によってのみ支えられている不安定な観念上の結合に過ぎないのだ。》(オラン・ペンデク後日譚)

「いのちをたもつのも、いのちをほろぼすのも、どちらもたのしいあそびだったら、ほろぼすほうをえらんだからって、どうしてそれがざいあくかしら?」(海鰻荘奇談)