
1948年(昭23)8月~1949年(昭24)?月、雑誌「冒険クラブ」連載。
1954年(昭29)ポプラ社刊。
1949年5月に51歳で死去した海野十三は、その死の間際までかなり精力的に執筆活動を展開していたように思う。以前に読んだ中にも、少年少女向け雑誌に『少年探偵長』や『美しき鬼』を連載していて、絶筆となり、おそらく代作者が完成させたらしいものがあった。この『超人間 X 号』も死の前年から連載を開始したが、「冒険クラブ」は中途で廃刊になった可能性がある。この雑誌に関する情報は皆無に近い。順当に連載すれば12回完結で7月だった。海野は何とか全部書き上げていたのではないかと思う。
(※追記 2025.08.30)
この作品は、1971年(昭46)『ロボット博士』とタイトルを変えてポプラ社より刊行。(SFシリーズ1)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12918946

非常に優れた頭脳を持つ人造人間が作りあげる恐ろしい世界によって人類が危機に瀕するというSF的要素に満ちている。少年向けとはいうものの、産業ロボットの定着など、21世紀の現在よりも先を見据えた世界像が描かれている。人口知能AIの開発の延長線上に危惧されるのが、生命体の意識、自己決定能力、人間をコントロールする力などで、海野はすでに警鐘を鳴らしていた。脳髄を入れ替えるだけで別人になれる手術も、ここでは稚拙な表現だが、近未来では一般化しているかもしれない。昭和時代のSFのほうが空想力が生き生きとしていた。色々考えさせられる作品だった。☆☆☆

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1801261/1/1
https://dl.ndl.go.jp/pid/1625288/1/3
挿絵は雑誌連載が村上泰、単行本が萩山春雄。

《がんらい、ロボットというものは、人間からの命令を受けて、ごくかんたんな機械的な仕事をするだけの人間の形をした機械だった。この場合のように、人間と同じに、感想をのべたり、生活上のことを希望したりするのは、ふつうでは、ありえないことだった。》(しゃがれ声の主)
「だが、君たちは、とてもあの怪物とは太刀うちができないだろう。いや、君たち少年ばかりではない。どんなかしこい大人でも、あれには手こずるだろう。もしもわしの予感があたっていれば、あれは、超人間なんだ。超人間、つまり人間よりもずっとかしこい生物なのだ。(柿ガ岡病院)
「それは生きてはいたが、まるで気絶している人間同様に、意識というものがなかった。それでは困る。(…)そこで、どうしたらこの電臓の意識を呼びさますことができるか、それを考えたのだ。」(死刑台の怪影)

《脳波受信機というのは、人間の頭の中にあることを知る器械だ。この機械の原理は、人間の脳髄が考えごとをはじめると、脳波と名づける一種の電波が出てくるから、それを受信するのである。受信した脳波は増幅して別の人間の脳髄の中に入れる。するとはじめの人間の考えていることが、第二の人間の脳髄に反映してわかるのである。その反映したことがらを第二の人間にしゃべらせることもできるし、書きとらせることもできる。》(X号の新計画)
「生化学の研究が、生命と思考力を持った電臓をつくりあげることに成功したのです。これによってあらゆる物品は、生命と思考力を持つことができるのです。」(ものをいう木)

「生命というものは、神だけが生みだすべきものである。人間の手でそれをつくりだそうとすることは、かえって人類の破滅をまねくだけだ。じぶんがこのような恐ろしい目にあったのも、人間の力の限度を知らないことから生じたあやまりだった。」(大団円)
1948.12~1949.11連載、海野は1949.05没
1949.02~1950.03連載