
1915年(大4)~1917年(大6)春江堂書店、前後終篇全3巻。
渡辺黙禅(もくぜん、1870~1945)の長編小説の一つ。私の好きな作家の一人であり、これまで何作かを読み続けているが、例えれば隠れ家的な食事処で美味な食事ができた時のように、いつも満ち足りた読後感が得られている。文学史上での評価が低い上に、時代の変遷とともに過去の作品群が埋没するのはやむを得ないことかも知れない。しかしデジタル書庫を訪れる好事家にその魅力を見出せる手づるとなるのであれば、ここに紹介する意義も無ではないのだろう。
横須賀の大店の令嬢として育ったヒロインの櫻の薄幸の人生を描く。彼女には出生の秘密があった。幼い頃に京都の路頭で死んだ女乞食の子だったのを拾われて養女となったのである。養父の死後、店の経営は後妻のお春が実権を掌握し、兄である若旦那の福之助は放蕩に身を持ち崩す。お春は情夫と企んで櫻への縁談を勝手に進め、先方の酒問屋から多額の支度金を得ようとする。櫻はどうしても嫁入りする気持にはなれず、すさんだ家庭内の問題に悩む。この辺は話全体が煮え切らないので、何がどうなればいいのかが全く見通せない。特に人生に大目標がある訳でもなく、特に女の身でのこの世の生きづらさが根底に漂う。彼女は嘆き苦しんだ末に海へ投身自殺をするが、その直後、海軍士官に救助され、息を吹き返す。そして実家の問題にけりをつけるためにある作戦を立ててもらう。(その後、後編・終編へと続く)
単行本3巻、1000頁を超える大作だが、筋の運びには大河の流れのような安定したテンポがあり、話の細部の描写も丁寧に書かれている。つくづく黙禅は力量のある作家だったと痛感する。☆☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/907931/1/3
https://dl.ndl.go.jp/pid/907932
https://dl.ndl.go.jp/pid/907933/1/2
口絵は川北霞峰。

《近くが魚市場なので腥(なまぐさ)い空気がいつも澱んで、そして驚くほどの大きな蠅と、汚ない姿(なり)をした船頭や人足が、自分の領分でもあるかのやうにざわざわと徘徊する波打際に寄って来た塵芥がどろりとした潮になぶられ乍ら、往処(ゆきどころ)のない漂泊者のやうに互の身上を囁いてゐる、腐れかゝった桟橋の板に、小鯵の乾からびた骸(むくろ)だの、縄の片だのが落ちてゐる――昼見るとさうした殺風景な場所ではあるが、まだ月の上らぬ夜の黒さが凡ゆる物の醜くさを包み隠して、夢のやうな紺碧の海の末(はて)に金色の大きな星をいくつか光らせ、さも神秘らしく荘厳らしい背景を見せてゐた。》(手詰)
《極度に緊張した顔面一杯の筋は血が涸れた如(やう)に蒼白くなって、弾切るばかりに裂けた硫黄色の眼(まなこ)から、ちゃうど撲殺される時の野犬のやうな、凄惨な死物狂ひの輝きが奔(はし)ってゐる。そしてその譫言のやうな忍び声に非常な力が籠って、片肌ぬぎになった肩先から足の爪先にかけ、一句を切るごとにぶるぶるツと強い榴搦(わななき)が流れる。》(恐ろしい心)

《どうせ死ぬんなら美しく死にたい。花の散るやうになりたい。同じ花でも紅椿のぽたりと落ちて、血の色を泥に滲ますやうな無残な姿をさらしたくない。白い胡蝶の小さな翼に似かよった桜の花萉がちらちらと春の夕風に飛んで、悲しい運命(さだめ)を行く水にのせ、涯もなく流れ流れて永劫の里に滅き入るやうな、さうした寂し味のある面影を最後の一呼吸(ひといき)に握って、心もちよく此の世から遁れて行きたい。》(二十分前)
《それが僅かに二分間、人は時計の歯車が回るやうに秩序正しく動くのであった。彼女はどうして自分の心が恁ういふ工合にならぬのであらうと、破れた水嚢のやうになった感情の、ともすれば涯もなく乱れてゆくのを恠(あや)しんだ。》(甲板の上)

《報ひられるのが真実(ほんとう)の犠牲ではなく、何にも得られないのが犠牲の精神だと思ひます。無意味のやうに見えるところに大きな意味があるのだと信じます。其処に犠牲の美しい光がひらめき、気高い匂ひが籠ってゐるのだらうと思ひます。》(書置)
「私爾(さ)う思ひますのよ、此の世の歓楽(よろこび)だの幸福だのといふ物はみんな偽りで、涙をかくして強ひて空笑ひをするやうな、自分を欺(だま)してゐるだけの気休めでせうと思ひますの。」(さヾなみ)

「私は未だに心のうちの戦ひから離れることは能(で)きません。それが実に苦しうございますの。苦しいけれどもその苦しさに涵(ひた)ってゐるのが、私にとっては何よりの慰安(なぐさめ)です。慰められては泣いてゐます。泣く程悲しい恋を只自分一人の物にして、未来永劫まで掴んでゐようと思ってゐるだけで、此の恋の花に実を結ばせたいなんて、そんな大それた願ひを持っては居りませんのよ。」(めでたい話)
《遺書(かきおき)なんてそんな形式じみた物を残すのは、死といふものに徹底しない人の為ることだと思ひながらも、やっぱり言ひたいことを言ってからでありませんと、気持よく死ねないのは、まだ生といふ仮の夢に迷はされてゐるので、どこまでも弱い女に生れついた私の未練をお笑ひ遊ばせ。私は人様の如につまらぬ死を飾って、息の絶えた後までも成るべく美しく見せようなんていふ野心は、さらさらありません。只最後の懺悔だと思召して御覧下さい。》(最後)