
1913年(大2)日吉堂刊。
作者の稲庭恒子(いなにわ・つねこ)に関する情報は少なく、大正期に活躍した女流作家の一人だったとしか言いようがない。他にプロレタリア作家の中野重治の友人として、朝日新聞社の稲庭謙治とその妻恒子に言及する文献があるが、同一人物かもしれない。
タイトルの『怨?恋?』(うらみ? こい?)もユニークな感じがする。裕福な銀行家の家に、ある日見知らぬ女が訪れ、郵便受けに復讐状と遺髪とを入れて行った。銀行家は過去の不始末への慙愧の念に囚われながらも、その謎の女の身元の調査を甥の陸軍中尉に依頼する。一見探偵小説風の展開だが、涙香の復讐譚の雰囲気もあり、恋と恨みとの板挟みに苦悩する娘心も描かれ、登場人物たちの思惑のすれ違いを巧みに編み上げていた。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/912412
口絵には三省の署名あり。

《年頃は、二十歳頃でもあらうか、ほんのりと紅帯びて、艶々しい顔の色、頬から顎にかけて、ふっくら圓みを持ち、すんなり優しい襟許から、すらりと落る肩の線、澤やかな、多過ぎる髪を、恰好の好い束髪にして、オリーブ地、格子縞お召の袷(あはせ)に、乱菊模様の繻珍の帯を締めて、徐かに歩を移す女の姿は宛然(さながら)、絵からでも抜け出して来たやう。強ひて難をいへば、その顔のうち、何処か狎れ難い気色の動いてゐることゝ、潤みを帯びた眼のうちに、かすか乍ら淋し味の宿ってゐる事であらう。》(一)