
1936年(昭11)黒白書房刊、かきおろし探偵傑作叢書第3
東都新聞の記者幡野は、主筆の出張の間、編集室の指揮を委ねられるが、夜半過ぎに事件を予告する謎の手紙に誘発されて、中野区の住宅街へ車で単身駆けつける。銃声がした二階家で有名な女優が血まみれになって死んでいるのを見つける。その女はなぜか死に顔に見せるための化粧をしていた。芝居の書割のような現場の部屋に微妙な時間差で多くの人物が出入りするという推理劇。本格派の主軸、甲賀三郎らしい骨組みのしっかりした作品だった。特に冒頭部分の、新聞記事の締め切り時間が迫る中で、畳みかけるように分刻みで記者が体験する事象描写には、緊迫感のある勢いがあった。☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1228196/1/3
表紙絵は山下謙一。

《もうすっかり縡(こと)切れてゐた、顔はいやらしいほど厚化粧をしてゐたが、それが血の気のなくなった為か、蜥蜴の肌のやうに蒼く光ってゐた。唇には毒々しいほど濃く紅が塗ってあったので、それが蒼ざめた顔の色と対照して、恰で血の滴る肉でも食べたように盛上って見えた。死体は両手を何ものかに噛(かじ)りつくやうな恰好をして、拳を固く握りしめてゐた。》(カフェー千鳥)