
1932年(昭7)3月3日~1933年(昭8)7月29日、「報知新聞」連載。
1948年(昭23)湊書房刊。
野村胡堂の長編小説の一つ。銭形平次のシリーズに比べれば知名度は低いが、昭和7年から8年にかけて報知新聞に連載されて人気を博し、映画化もされて親しまれた。
幕末の黒船来航期、高まる倒幕論を懐柔するために、老中堀田備中守は三万両を京都の公家たちの許に運ぶ計画を立てた。それを阻止して軍資金にしようと企む討幕派の志士たちに加えて、陽炎のお漣の盗賊団の一味、三万両の警護役を拝命した馬場蔵人、その彼を仇討目的で狙う武家の娘と下男、江戸の侠客などが複雑な利害関係をもって絡み合う。

全編は戦後の湊書房版では5巻に分かれる長尺で、伝奇小説の定石通り悠々と進んでいく。描写は丁寧で、人物たちの関わり合いの機微が滲み出ていた。第1巻は江戸から小田原までで、三万両を二つの行列のどこにどのように隠したのかという謎解き要素も盛り込まれる。もとが新聞小説なので、毎日の時の流れに乗りながら、ゆったりしたテンポで読み進むのが最適だったと思われる。人物像が馴染んだところで、第2巻以下へ読み続けてもいいのだが、一応読了とした。☆☆☆
いつもお世話になっている「みずすまし亭」さんのブログでは、この作品の装幀者かつ挿絵画家の鈴木朱雀に対する親愛の情を何度も表されている。(下掲)
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1708850
表紙絵は志村立美、挿画は鈴木朱雀。

「馬鹿におしでない。誰が泣くもんか。これはお前――水だよ。こんなに寒いんだもの」
《お漣はさういひながら、傾く月に顔だけは背けましたが、強情我慢に頬に凍て付く涙を拭かうともしません。》(恋から讐へ)
《行列の先頭が、右に広重の描いた富士を眺め、左に鎧の渡しの上からさし昇る朝のほの明りを拝んで日本橋の上へ差し掛ったのに、最後の人足は、まだ本町三丁目の和泉屋の店を離れなかったといはれる位、実に前代未聞の大袈裟な仕度。江戸の町の中ゆゑ、これ位の祝言も決して珍しくはありませんが、これだけの同勢で、東海道五十三次を上るといふのは、聞きも及ばぬ婚礼だったのです。》(振出し)

※古書の愉しみ 建築家神谷武夫氏のブログ
『 三万両五十三次 』
http://www.kamit.jp/15_kosho/51_nomura/nomura.htm
※※「みずすまし亭通信」さんの関係記事
野村胡堂「三万両五十三次」鈴木朱雀装幀 (2012.10.24)
https://ameblo.jp/yojiro/entry-11387671300.html
野村胡堂「三万両五十三次」鈴木朱雀装幀 (2011.12.16)
https://ameblo.jp/yojiro/entry-11108639138.html
野村胡堂「三万両五十三次」とミツバチ逃散 (2009.04.30)
https://ameblo.jp/yojiro/entry-10251967607.html
「千世と与一郎の関ヶ原」と「三万両五十三次」(2009.04.28)
https://ameblo.jp/yojiro/entry-10250725400.html
