明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『さまざまの夜』 菊村到

さまざまな夜:菊村到

1962年(昭37)1月~12月、雑誌「新婦人」連載。

1963年(昭38)河出書房新社刊。

 1957年の芥川賞受賞作家、菊村到(1925~1999)によるサスペンス味の効いた恋愛小説。結婚するつもりで恋人と交際を続けているヒロインのまゆみだが、愛を深めるための婚前交渉には消極的だった。ある日社用でデートを断った彼女は、銀座で恋人の潔が見知らぬ若い女と連れ立って歩く姿を見た。思わず後をつけた彼らの背後には別の男が同じように追尾していたことがわかる。

 

さまざまな夜:菊村到、宮永岳彦・画1

 別の日には自分の父親が若い女性と温泉街を歩いているのを見てしまう。彼女は平凡な波風の立たない家庭で育って暮らしてきたのだが、思いがけずその仮面の下には夫婦の愛憎劇が隠されていた。

 恋愛経験の深化に従い、感情も思考も微妙に変容していくヒロインの心境が丁寧に描かれ、例え不倫と見られる行為でさえも人間の苦悩を突き詰めた結果の一つとして認容に到るという、やや実存的な展開となっていた。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/11399147/1/74

https://dl.ndl.go.jp/pid/1360699

雑誌連載時の挿絵および単行本の表紙絵は宮永岳彦。

 

さまざまな夜:菊村到、宮永岳彦・画2

 

《まゆみには愛するということの意味がまだよく呑みこめていなかったのかもしれない。まゆみは何となく女というものは、愛するよりも愛される存在なのだというふうに考えていた。》(尾行)

 

《他人のまなざしやおもわくなど、どうでもよかった。私は、いま確実にこの瞬間を生きているのだが、とまゆみはおもった。ほかのことは何も考えたくなかった。いまこの瞬間に自分の存在の一切を投げこんでしまいたかった。こういう気持を、愛と呼ぶのかもしれない、とまゆみは、おもった。》(肉体)

 

さまざまな夜:菊村到、宮永岳彦・画3

 

《人間には、それぞれの生き方がある。ひとりひとりの人間が、それぞれの仕方で、みな一生けんめい、生きている。どんなにちっぽけでつまらぬ人生でも、それが人生である以上、大切にされなければならないだろう。まゆみは、いま、ひどく他人に対して寛大な気持でいられる自分を発見した。(…)みな、それぞれの姿勢で、自分の人生を生きている。それぞれの人間が、それぞれの人生の中に、真実を抱いて生きている。そうやってかれらは、さまざまの日を送り、さまざまの夜を迎えるのだ。それでいいではないか。》(抱擁)

 

 

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