
1908年(明41)大学館(うらみのこひ)
篠原嶺葉(しのはら・れいよう)は硯友社の門人として知られるが、なぜか生没年を含め、その人物像が語られることが皆無に近い作家の一人である。明治後期から大正時代にかけて、家庭小説と称された作品が多数刊行されたことを見ても、当時は人気作家だったと思われる。
この小説の「はしがき」にあるように、「富豪の家に生まれ、春秋に富み、健康人に勝れ、容貌衆に肥えたる」という跡取り息子が突然自殺するという事件から物語は始まる。海外留学を終え、華族の美しい令嬢との結婚を目前としていた。その死の謎を解くには、時間を遡る必要があった。富豪の当主の懇願に応じて濡れ衣を負った父親が憤死に追い込まれ、身寄りを失くした主人公はその復讐を心に刻む。彼はある劇作家の家に書生として住み込むが、新劇の主宰者から俳優への道に誘われ、その復讐への足掛かりを得るために熱心に稽古に励む。
嶺葉の文体は当時確立した言文一致体を駆使して流麗かつ簡明で読みやすかった。明治期の旧劇(いわゆる歌舞伎等の古典芸能)に対する新劇(現代劇や翻訳劇)運動に対する人々の見方や接し方も垣間見えて興味深かった。残念なのは、前後2巻のうちの後篇が発禁図書となり、恐らく未発売のまま日の目を見なかったことで、これは『近代文芸筆禍史』(斎藤昌三著)にも書名が記録されているが、理由についての言及はなかった。従ってこの小説は前半で読了となった。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/885549/1/1
「近代文芸筆禍史」
https://dl.ndl.go.jp/pid/982554/1/2