明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『頓珍漢十手双六』 玉川一郎

頓珍漢十手双六:玉川一郎

1956年(昭31)1月~5月、雑誌「読切俱楽部」連載。

1956年(昭31)東方社刊。

1960年(昭35)12月、雑誌「読切倶楽部」に「夜光珠事件」を再掲載。

(とんちんかん・じゅってすごろく)初出当時は通しタイトルが「藤吉捕物帖」となっていたが、単行本では表記に変わった。藤吉物9篇と「黒門町の伝七」物2篇を収める。

 

藤吉捕物帖:玉川一郎、神保朋世・画

 本郷の妻恋稲荷の近くのある湯屋「さくら湯」の家付き娘に見染められた藤吉は入婿となるが、釜焚きの手伝い以外に仕事がないので、新花町の半六親分(半七ではない)の下っ引きになっている。彼は奇しくも銭形親分の手下、ガラッ八こと八五郎の幼馴染であり、妻のおしげの見栄もあって競争心を煽られている。完全に女房の尻に敷かれる状態ながら、近所の困り事相談から事件に発展したり、しなかったり、の話が江戸落語風の艶笑味も盛り込んで語られる。語り口も「立て板に水を流す」ように軽妙だった。捕物帳の中ではユニークな存在感がある。☆☆☆

 

 伝七物は、伝七の人物像が捕物作家協会の共有物のようなもので、加盟した作家たちが「勝手に使用」した作品も多い。また共作、リレー作、合作など多様な形態が存在するが、分担した作家によって各々の特色が出てくるのも面白味があった。

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1723039/1/143

https://dl.ndl.go.jp/pid/1645188

https://dl.ndl.go.jp/pid/1723094/1/137

雑誌連載時の挿絵は神保朋世、および由谷敏明

 

藤吉捕物帖:玉川一郎、神保朋世・画2

《その翌日が初午でございます。伊勢屋の地内にも小さなお稲荷様がありますので、例年の通り、太鼓をおいて近所の子供達の叩くにまかせ、よそのお稲荷よりお赤飯の小豆が少ないとか、煮しめが味がうすいと言う蔭口は言われておりますが、まづ、通り一ぺんの「初午」のふるまいをやっております。》(初午騒動)

 

湯屋の一人娘に見込まれて養子になった色男が、なにもキラワレル下ツ引きにならなくても、と、蔭口を言われ、自分もそう思っているのですが、銭形の親分とこの働き者、八五郎と、藤吉とが幼馴染みで、又、八五郎と藤吉とが自分をハリ合った、と信じている恐妻おしげの命令だからやむを得ません。》(四月の雨)

 

頓珍漢十手双六:玉川一郎、由谷敏明・画

 

《「一のコブン」と言っておいて「吹けばとぶような」とケンソンしたみたいな事を言うところが、竹センセイの身上(シンジョウ)で御座いましょう。》(伝七/鍛冶屋の刀)

 

 

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