
1912年(明45)日吉堂刊。
渡辺黙禅は、歴史の荒波に翻弄されながらも生きる人々の姿を広大な構想の下に描くのをスタイルとしていた。この作品は一見すると探偵小説のように思えたが「題名はずれ」の黙禅風小説だった。物語の進行を見守る視点を女中奉公に出た素直な性格の利発そうな娘、富貴子に置いたのも面白い。
若後家だという女主人が一人で住むその家は、女中が三日で次々と辞めて行く化物屋敷であるという噂を聞かされ、彼女は最初の数日間の夜を恐々と過ごすが、持ち前の好奇心と賢さで怪奇の正体を見極めようとする。
物語の後半は、日清戦争後、中国で辛亥革命を画策する革命派の闘士が清国の官憲の追及を逃れて日本で活動を続ける動きと、それを妨害する密偵との抗争まで舞台が広がる。すべてが秘密裡に行われるのをそのまま外側から見るだけの立場なので、暗中模索でわかりにくいものになったのは残念。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/887226
口絵は田中竹園。

「何てんだい、お前の真箇(ほんと)の名は……え、富貴子?富貴といふのかえ、え、子がつくんだって?可(い)いぢゃないか、那麼(そんな)子なんぞ附けなくたって……何、親が命(つ)けたツて?生意気だよ、今の娘ツ児(こ)は……子を尻尾に添加(くっつけ)りゃア偉さうに聞えるからだか何だか知らないが、気の狂(ふ)れた餅屋のやうに無闇に粉(こ)を打(ぶつ)かけるぢゃないか。」(一)
《富貴子といふ名に相応(ふさは)しく、そのスタイルが出来てゐる。豊腴(むつくり)した下膨れの、血色の佳い顔に、つんとした象牙鼻の形好(かつこう)も整って、表情ゆたかな黒眼の外に、一つ見逃し難い愛嬌ほぐろといふ奴が、何の美の神さまの落款やら、地蔵眉から右へ下る一寸の所へぴたりと打ってある、銘仙物の藍気の矢筈飛白(やはずがすり)へ、是も流行(はやり)の金茶の帯をお太鼓にして、島田の根を高く結上げたのが、気障が無くつて結構。芳紀(とし)は未だ二十前か。》(二)
《夕日の残した樺色雲は、真黒な大鳥居の右に薄れて、瑠璃空の彼方に美しい一痕の月が、ほんのりと浮んで出た。寒からぬ程に鬢を嘗めて行く風、兵営の土手の松陰から、喇叭の声がトテトテトーと揚って来ると、それに吹落されたかのやう、両側の櫻の枯葉がひらひらと飛んで悲しい秋を歌の如くに囁くのである。》(二十五)
《一口に化物屋敷だと云っても、昔は昔、今は今、五年も十年も爾(さ)う根気よく顔を出す勉強家のお妖(ばけ)はあるまい。借金の証文でさへも何年か経てば、時効とやらで反古になる世の中だのに、怨ましやの利息を第三者の他人に押しつけて、十萬億土から態々(わざわざ)催促に出かけて来るとは幾個(いくら)おあしのない幽霊でも餘りに虫が好過る。》(二十八)