
1956年(昭31)1月~8月、雑誌「読切俱楽部」連載。
1956年(昭31)東方社刊。
雑誌には「巨匠の野心作」という触れ書があった。単行本には表題作の他に短篇4作を収める。
主人公の美青年幸三は、ホテルのボーイとして働いていたが、休日の銀座でスリが掏った財布を取り返して、貴婦人の許に届けた。それがきっかけで彼は雑誌社へ転職する。物怖じしない彼は作家の郡司先生と不思議と気脈を通じる。片や莫大な遺産を継ぐことになった女給の身辺に起る不審な動きなど、全編にミステリーが加味され、更には意表外のどんでん返しまで盛り込まれていた。盛り過ぎかも。☆☆

短篇のうち『耳のうしろ』は、若手二人の浪花節語りがそれぞれ異なる芸風を持ちながら盛名を競うという話だが、その芸に磨きをかけるのに欠かせないのが三味線引きの存在だったと言う。これはちょうどドイツ・リート歌手とピアノ伴奏者の関係性にも似て、興味深かった。☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1723039/1/32
https://dl.ndl.go.jp/pid/1646135
雑誌連載時の挿絵は栗林正幸。単行本のカバー絵は須田壽。

《幸三は鋭い勘を持っているので、『ほど』と云うことを十分心得ていた。だから、狎れ親しんでいるように見えて、その実決して羽目をはずしてはいなかった。》(なるほど)
「いゃ、僕の云つているのも一般論だ。一般論として、女が男の社会へはいって来て月給が安いと云うのは間違っていると云うのさ。男のする仕事を女がして、男だけしか報われないのは当たり前だよ。男に出来ない女独得の仕事に従事しないのが悪いと僕は云つているのだ。」 (なるほど・二十七)
「馬鹿云つてらあ。愛は死よりも強しと云うことを君だって知っているだろう。ドンヅマリが死だと覚悟をきめていりや恐いものなんかありやしない。無事に生きたって、最後は死だ。して見りや、早いか遅いかの違いだけじやないか。それに、僕が必ず殺されるときまつている訳でもない。この間の晩のように、僕の方が勝つような番狂わせもあるんだ。まあそう心配したものでもない。当つて砕けろ男の度胸さ。」 (なるほど・二十八)
