
1924年(昭7)朝日書房刊。
著者の馬郡沙河子(さがこ)については情報が皆無である。地方の医者の家に生まれ、女学校は東京で進取の精神を培ったようだ。名前は文中にもあるように満州の大河の一つ沙河から取ったらしい。彼女が一人で欧州旅行を企てたとき、親は婚資を旅費に充てるので結婚時には何もないから、と言いながらも旅行を許してくれるほどの寛容さだった。昭和初期の、欧州では両大戦間の時期に当たり、世界恐慌の前で、比較的世情が安定していた頃になる。船で朝鮮に渡り、列車を乗り継いで満州からシベリア経由、陸路で欧州に着き、ドイツ、フランスを経て英国で数カ月過ごし、帰路は船でという文字通りの大旅行を女一人でやり遂げた勇気は称賛に値する。
基本的に旅行記であり、行く先々の国情や人々の生活ぶり、文化習慣の違いを身をもって体験する記述が続くのだが、旅行者としてその精神的あるいは感覚的な摩擦が、強い印象となって紡ぎ出されている。(これが在住者となると摩擦に慣れて、むしろ何の感興も出て来なくなるのも不思議だ。)英国での滞在が長いせいか、日英比較文化論を展開するが、日本では〇〇だが、英国では△△なので、そうなればいい、というような礼賛論には耳慣れた陳腐さを覚えた。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1179777
「市内某病院長令嬢、此度、英文学研究のため渡英、魔の列車と想像されるシベリヤ経由にて、御感想並に見聞記の一日も早く本社紙上を通じ皆様のお手許に配達せられんことを」(さらば母国よ!)