
1949年(昭24)週刊「サンデー毎日」連載。
1953年(昭28)東方社刊。
ヒロインの淡路笙子は窃盗の罪で刑務所に入っていたが、妊娠中で出産のため、仮出所した。結果は死産だった。彼女はそのまま入院先から逃亡し、安アパートに隠れていた。ある晩、彼女は線路際で銃に撃たれて苦しんでいる男佐伯を見つけ、アパートに連れ帰って、隣人の元軍医の医師に手当を頼み、自分の血を輸血して、佐伯は命が助かる。彼女は生活費と男の治療費を稼ぐために、友人の紹介でキャバレーの歌手として働くことになる。

作中に「東京ルムバ」の歌詞が流れる。このタイトルの曲はこれが2番目となる新しい曲で、1950年に大泉/東映で映画化された中でも歌われたと思われる。「ルムバ」(ルンバ Rumba)は中米の情熱的で軽快なリズムの曲で、日本では戦後復興期に様々な曲が作られ、親しまれた。
夜風に流れくるうたごえ
今宵もなやましく縺れる
しづむこころを
かきたてるしらべに
目ざめる恋ごころよ
東京ルムバ
こよひも 歌でふける
(野川香文・詞)
《青黛を濃く、長いつけまつげ、ちょっと貸衣装には見えない、黒のベルベットの夜会服を。ぬめのやうに光る肌も露はに着流して、淡路笙子は、バンドステージから大胆に、ルムバを歌ひながら客席の方へ歩を運ぶ。》(消えぬ過去)

次第に彼女は男に深い愛情を注ぐようになるが、医師の娘も男に恋情を抱き、男を取られそうになった笙子は必死に張り合おうとする。女の嫉妬心、あるいは依存心、もしくは独占欲が生々しい感情と共に描かれていて、興味深かった。他に彼女の元夫による執拗な追尾やら、再逮捕で収監される恐怖、軍医の医師の過去との清算等々、多くの要素が盛り込まれて、緊張感を保たせる構成は印象的だった。☆☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1643460
「なにしろ、あの近所は、戦災の焼跡のまゝ人家もありませんし、線路の向ふ側へ逃げこまれると厄介なので、一発威嚇射撃をしました。」(発端)

《感情の稜線から稜線をかけめぐらずにゐられない衝動だ。それが、彼女に残された、唯一の生甲斐なのだ。ふん、ふんづかまへるなら、捕えて見るがいい。誰が、後悔なんかしてゐるもんか。それがどうしたっていふんだ……。》(ブローチ)
《笙子の顔は、懺悔に澄み、決意に光り、献身の愛情に冴えてゐるのだ。
「先生、あたしは、佐伯さんをたよりに、再出発したいんです。あと。半年のつとめが、一年。二年になっても、あたし、覚悟です。自分の罪が軽くなるように、先生に、お願ひに来たのではありません。(…)」
笙子を支配してゐたものは、佐伯への愛情だけであった。捨身の悲願は、時岡氏の胸をうつものがあった。(悲願)
「聞け。龍雄の奴を殺すつもりが助けてしまったのだよ。」
鮎澤は皮肉な微笑をうかべる。
「助けるつもりで、殺す医者は多いのだがな。俺はそのあべこべをやってしまった。それだけよ。たヾそれだけさ。行こう。」
と鮎澤はたちかゝる。
「何処へ。お父さま。」
「極っておるぢゃないか。俺は悪魔に見はなされたのだ。しかたがない。神様の味方をするんだ。」
(幻の果)
《夜の職場は酒場。そして、ダンスホール。夜の職場に働く人々は、踵の高いエナメルの靴をはく。ジョゼットのイヴニングドレスを着飾る。眉を引き口紅を塗る。でも、いゝ、この労働者達は。女工服に代るイヴニングは、彼女達の虚栄を満足させ、労働と虚栄をちゃんぽんに貪ることが出来るのだから。》(熱風・明暗の岐路)
※最初の別の「東京ルムバ」について
1946年松竹大船作品「お光の縁談」の主題歌として作られた。西條八十・詞、万城目正・曲、藤山一郎&並木路子・歌。伴奏部はルンバのリズムだが、歌にまだ歌謡曲風の味わいが残る。