
1928年(昭3)6月~1929年(昭4)6月、大阪毎日新聞及び東京日々新聞に連載。
1929年(昭4)改造社刊、上下2巻。
1970年(昭45)読売新聞社、大佛次郎時代小説自選集第4、5巻。
江戸末期の北海道、松前藩の廻船問屋八幡屋の当主の殺害と焼打ちは、家老蠣崎と競争相手の赤崎屋が結託した陰謀だった。藩士の三木原もその捨て駒として謀殺されるところだったが、八幡屋の遺児と共に逃亡を試みる。それを助けるのがうさぎの惣吉という盗人だが、藩を挙げての探索・討伐の勢力が迫り、危機スレスレの回避が続く。
舞台は北海道から津軽、江戸、大阪、京都さらには樺太まで広がる。筋運びはゆったりと進み、丁寧な叙述に圧倒されることもしばしばだった。主要人物たちの視点がリレーのように次々と引き継がれていくのも面白い。

圧倒的な権力者によって動かされる組織の無言の圧力には、いかに正義感を堅持した個人の力であっても太刀打ちできない無力感も覚えた。それは上からの指示のみで粛々と命令を遂行する日本人の特性の表われでもあり、この小説が書かれた昭和初期以降、10年も経たずに軍国主義に染まって行った歴史をこの作家が予見していたようにも思えた。(下記の抜書き参照)
当時でもすでに「大衆小説だ」と卑下あるいは蔑視する風潮があったように思うのだが、こちらの方が本来の文学であり小説というものではなかろうか、とつくづく思う。☆☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1180961/1/3
https://dl.ndl.go.jp/pid/1180976/1/3
https://dl.ndl.go.jp/pid/12548667/1/3
https://dl.ndl.go.jp/pid/12548668/1/3

「実際、世間は金や地位のある人間には都合よく出来ているものですよ」(島の別荘)
「皆さんは法の外に置かれているが、それは法が、人間の作ったもの、いや極く一部の人間、金持だの、地位のある者によってその人々のためにだけ都合ょく作られ 運用されているのだから、その圏外に置かれているからといって、 決して不名誉なことはない。正しいのは寧ろ皆さんの方なのだ。無頼漢道が天下に行われるように成れば一番いいのだがね」 (ごろつき船)
※参考サイト:みずすまし亭通信

※映画動画
※雑誌「新映画」1951年1月号「ごろつき船」
https://dl.ndl.go.jp/pid/7950601/1/17