
1896年(明29)駸々堂刊。(新撰探偵小説第9集)
(だいじゃびじん)明治20~30年代に流行した最初期の探偵小説の一つ。大阪の大手版元の駸々堂から春陽堂の向うを張って小冊子の形で続々と出版された。作者の島田美翆は柳川とも号し、精力的に書き散らした。内容は強盗や毒婦などの犯罪実録に準じたものがほとんどで、探偵(警察)の捜査も江戸の岡っ引の延長線上で、目の覚めるような推理や計略は皆無に近かった。この時期は言文一致体への移行期に当たるが、この作品に関しては純然たる文語体で終始し、読みにくいなりに格調が高い味わいがあった。
淀川の通い船に乗った商人文助が、相室となった美人客に睡眠薬を飲まされ、多額の代金を盗まれるが、追われた女は川へ飛びこんで逃げた。それが夜目でもあって、まるで大蛇の化身のように見え、さらに女は爆弾を船に投げつけて破壊し、逃亡してしまう。文助は鏡石探偵に捜査を依頼し、彼自身も車夫になって大阪を探し回るが、突きとめた先で惨殺される。以後鏡石探偵の地道な捜査活動が続く。大阪の蜆川(しじみかわ)近辺の料理屋の様子などは風情のある描写で興味深かった。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/887109
《こゝに十九世紀の社会を驚動したる出来ごとあり、西国の商家に勤むる水島文助と云へる漢(おとこ)、取引ありて京都へ上り、その帰るさ伏見へ廻りて此処でも少しの用を果し、凡そ三百圓余の貨幣(かね)を取纏(とりまとめ)て汽船(ふね)へ乗りしが、当夜(そのよ)一大奇怪ありて此貨幣を奪はれける。》(一・書き出し)
《一人の女駈(かけ)つけて上等室に乗込ける 傾国の色はなけれど、靨(えくぼ)に愛嬌深く湛えて確かに家庫(いへくら)位のものは倒すべき美人なり、その春秋(としごろ)は二十四五、花色(くわしょく)既に満て盛を極め、こゝ秋風吹立たらむには幾干(いくら)か色の衰ゆべき花なれど、尚ほ天資の美を保ちて艶なること限りなし、》(一)
《仙亭は料理屋なり、家屋宏大なるにあらねど、念の入たる庖丁の味ひは、今外観(みへ)のみを専らとする当世には珍らしく、徒らに高価を拂ふて虚名高き割烹を食せむより、こゝの質素なるが優れりと、傲らぬ客の贔屓多く、近頃蜆川の岸にて評判の料理屋なり、》(十)
※参考サイト
美人と結婚したら蛇だった!日本神話に伝わる蛇姫との婚姻エピソード@Japaaan