
1946年(昭21)~1947年(昭22) 雑誌「談論」に断続的に連載。
1948年(昭23) 談論社刊。
1951年(昭26) 春陽文庫

瓢人先生(ひょうじんせんせい)とは戦前戦中期に帝展の審査員を歴任し、美大の教授でもあった洋画家の牧野虎雄(1890~1946)をモデルとした小説の主人公である。作者の八田尚之(1905~1964)は映画の脚本作家として多くのシナリオを手がけていたが、教育映画で牧野の絵を使用許可を得るために訪れて以来、親交を深めることとなった。終戦直後に札幌の「談論」という雑誌が創刊され、その表紙絵とカットを牧野に依頼した。彼はすでに画壇の重鎮であったが、快諾した。その画家の先生のプロフィールを小説風に書き出したのがそもそもの始まりだった。小説中には牧野の名前は出さず、水酉瓢人という名前で、酒好きで独身の老画家の飄々とした性格と生活ぶりをユーモラスに描出していた。

しかしその後まもなく牧野は死去し、その追悼文集のつもりで書き続けられたが、瓢人先生のみならず、自宅を訪れる友人、弟子、門人をはじめ、不愛想な寿司屋の主人が下男のように食事の世話をする、あるいは有名酒蔵が定期的に菰樽を届けるなど、個々の人物の際立った個性も見事に書き分けられていた。
特に興味深かったのは第5話「女供養」で、不肖の弟子南原が空襲で死んだ後、墓を建てて弔うのを機会に、その男が生涯に関係した7人の美女の消息を探し出し、参列してもらうことにしたことである。この7人の女性たちが戦災をはさんでどう生きたか、なぜこの男が次々と女心を陥れることができたのか、そしてその女たちが揃いも揃って彼を慕い続けているのか、その探索行の叙述も素晴らしかった。傑作である。☆☆☆☆☆
この作品は1948年に新東宝で「いきている画像」というタイトルで映画化された。もちろん八田自身の脚本化による。

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/8826009/1/17
https://dl.ndl.go.jp/pid/1358986
https://dl.ndl.go.jp/pid/1352696
単行本のカバー絵・表紙絵は鈴木信太郎。
《未だかつて雑誌の為めに、一度も執筆された事のない牧野画伯の装画は、正に斯界に一新機軸を画すると共に、本誌に一大光彩を添へるであらう。》(談論第2号社告、1946.07)

《その事件毎に門下生の誰彼が迷惑を蒙るので、幾度か先生に南原の破門を迫ったかしれない。しかし先生は「絵かきだよ、色で苦労も修行のうちさ。」と取合はず、南原を放任しておいた。》(二・破門)
《筆者は軽薄な偽装の楽園を侮蔑の眼で横切つてゆくうちに、五號室の片隅に掲げられた「Ⅿ子の像」を見出した。一見、稚拙極まる画だと思つたが、見詰めるうちに、云ひ知れぬ沈痛な、鬼気と云ひたい雰囲気を覚えた。作家は何を表現せんともがくのか、この画は囀つても歌つてゐない。語るでもなく、囁くでもない。併し沈黙ではない。叫ぱんとして声を知らぬ唖のうめきだ。作家の沈痛な悲願が鬼気と化して凝固してゐるのだ。「Ⅿ子の像」は作家の赤裸な全人格をなすりつけて描きあげた、愛の詩である。魂の真実を凝固、象徴化Lた画であり、芸術作品である。 器用な画、才走つた画は、「Ⅿ子の像」の前で惰死すべきだ。「Ⅿ子の像」こそ特選たるべきも、これを虐遇する官展の情実弊風を憤るのみ。》(三・凧を上げる由来)
《この大戦争は人類の最高至善の理想を実現せんとする一手段である。聖なる戦である。神の心による戦ひだ。従ってこの戦争に於て展開される悲壮な情景は、これ総て真善美の雄渾なる一断面であり、即ち芸術的場面である、と睨みつけた。先生は、まあどっちみち人殺し作業だね、理くつは色々あっても根が喧嘩だからね、どうも芸術ぢゃなさそうだ、と言った。》(五・女供養)
《笛子は殴られた幼児のやうに泣きくづれた。秋鯊はあっけにとられて眺めてゐた。――まさかこんな愁嘆場になるとは思はなかった。五分、十分……そのうちに発作も鎮まるだらうと、煙草に火をつけて、吸ひながら待ってゐた。泣けるだけ泣いた笛子は顔をあげ、「……すみません」と、泣いた自分を憐れむやうに微笑した。》(五・女供養)
「『いや、君は俺をきっと好きになる女だと直感したのだ。君は必ず俺を好きになる。好きにしてみせる。俺は君がたまらなく好きになった』と言ふんですの。私は『私の気持がどうして解ります』と問ひつめると、『俺には解るんだ、君の感じで解るんだ。俺の死んだ恋人が、君の感じとそっくりなんだ(…)俺は一生涯、女に恋なんかしないつもりでゐたが、もういけない』といって、(…)私の肩をぐっと押へて唇を……」(五・女供養)

《小設「瓢人先生は」飽くまで筆者の空想的小説てあつて、故酒仙画伯の伝記小説などではない。たヾこの一連の小説は筆名の胸裡に生きてゐろ故画伯の心象風景てある。登場人物も事件もすべて空想である――誤解を恐れて、附記とする。 》(付記:二十一年十月二十四日)
※参考:牧野虎雄画集