
1955年(昭30)鱒書房刊。
入江徳郎(1913~1989)は昭和を代表するジャーナリストの一人。時事評論やニュースキャスターとして活躍したが、最初は朝日新聞社の社会部記者としてニュース現場での豊富な経験を綴ったのが本書になる。全17篇。奇矯な事件への遭遇もあるが、一見単純な事象として見逃されるような出来事の背後に隠されていた別の真実を明らかにする記者の真骨頂は、本職でなければ味わえない迫力があった。多少の脚色はあるだろうが、新聞社内の緊迫感とともに、達意の文体の完成度に敬服する。当時ベストセラーとなり、1952年東映で映画化された。また同書は「続」「続々」と書き継がれた。☆☆☆☆

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1661446
表紙絵・挿絵は三芳悌吉。

《売らんがためのセンセーショナリズム。その中で、貧乏に甘んじ、家庭を犠牲にし、子供にはボロを下げさせて、愚にもつかぬ特ダネを争って生きてゆく生活、人々がそれ程まちこがれてもいないーつのニュースを、たった数時間早く知らせるために死も賭さねばならぬ、なんというばかげたことだ! 》(泣虫記者・記者ひとり帰らず)

《だが、僕たちの心の底は重苦しい絶望と向い合っているのです、死だ、死ぬだけだ。楽しい平和も、未来も、巨大な戦争の悪魔に押しつぶされて、なにも彼もまっくらだ。ーー部隊の気分は暗く、自暴自棄に近い酒と女遊びが始まりました。昼間、新聞記者や報道班員が来た時だけポーズをつくって、軍神の誇りに胸を張り、一死報国の心境を述べながら、記者が帰ると「あの馬鹿が!」皆して忌々しく唾を吐き、見えすいた言葉のバカバカしさをあざ笑うのです。》(刺青のある記者)