
1950年(昭25)7月~1951年(昭26)5月、雑誌「主婦と生活」に連載。
1953年(昭28)東方社刊。
山岡荘八による現代小説の一つ。タイトル作の『天使の罪』のほかに中篇『花ある銀座』を併収する。いずれの作品も戦後女性の生き方をめぐる問題点を考える葛藤に満ちていた。
作曲家でありピアニストの小野木雄策は、実家が戦後没落し、ピアノも買えないで仕事をしていた。彼は最初の妻淑子と離婚し、彼女は子供を置いて家を出て行った。彼はまもなく広岡夏子と恋仲になり、こちらの彼女とは結婚と同時にピアノを搬入する約束をした。しかし夏子の実家で刑務所の教誨師を勤める父光照はその資金を別の使途で使ってしまい、彼女は困惑する。広岡の実家では出所した元不良少女たちを更生のために同居させているのだが、その中に勝木かつみという少女がいて、その子のせいで資金が消えたのだった。かつみは夏子の困惑を知り、交友関係を当たってピアノをもらい受け、それを小野木家に届けさせる。しかしそのピアノは最初の妻淑子が買ったもので、淑子はそのピアノを手がかりに復縁を迫ろうと意図していたのだった。
筋が複雑に絡んでもつれあう状況を読み続けるのは苦痛でもあった。言わなくてはならない事をはっきり言わずに、言いたい事だけは言うとなると、相互理解のバランスが崩れる。さらに少女の悪気のない言動が譴責されて、思いがけない凶行を誘発するなど、収拾のつけようがなくなる。最終的には人の善意を信じることであらゆる希望が生まれるという精神論は難解なのだが、そうでもしないと人間は生き続けて行けないのだと思った。☆☆

併収の中篇『花ある銀座』は雑誌「大衆小説界」に連載されたもの。銀座の大店遠藤商店の番頭として働く陽之介は、孤児の境遇から店主一家に引取られ、一緒に生活している。そこの娘ハル子とは親密な仲だが、父親の柳作からは店を追い出すと言われる。その背後の理由は、陽之介が柳作の妾にしていた玲子を横取りしたからと言うのだが、真相は玲子が産んだ子供を陽之介が引き取り、玲子を別人とまともに結婚させるためだった。ハル子にはその背景がわからず、大いに苦しむが、玲子と対峙することで誤解が解ける。1957年(昭32)に東宝で映画化されたが、タイトルを「その夜のひめごと」という妖艶なものに変えていた。内容は真面目一本なので、題名にダマされたという向きもあったように思う。☆☆

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1660448/1/1
表紙絵は佐藤泰治。
《若い女性にとって恋愛こそはいのちであった。女の生甲斐は、そのあやに美しい感情の花粉をどうして人生の果実にうつしてゆくかにかゝっている。》(書き出し、五月の希望)
「女って……大好きな人の子供を産むために来ているってこと! それが恋よ。それが目的よ。 それがすべてよ。」(五月の希望)
《淑子がはじめて小野木雄策に嫁ぐころには、嫁ぐ主体は「家――」であった。家は個人の感情よりも優生学を重しとする。夫婦の幸福よりも子孫の幸福を先ず考える。淑子が雄策のもとを出たのはそうした習慣への自我の反逆だった……》(長夜の恨み)
「世間というのはお前の心の鏡なんだ。お前が憎むと世間も憎む。お前が反抗すると世間も反抗する。その代り、お前が許すと世間も許すし、お前が愛すと世間も愛す。」(小鳥放たる)
《母の部屋を出ると、雄策は急に腹が立ってたまらなくなって来た。それは母への怒りでもなければ夏子への怒りでもなかった。わずかな風にすぐ傾いてゆく人間の智恵と運命の哀れさに対する腹立ちだった。》(拒絶)

《それにしてもきりゝとしまった、高貴さとでも云いたいほどの清潔な感じの美貌はかなりにハル子を圧迫した。ハル子自身、美人とうぬぼれてはいなかったが、決して醜いとも思っていない。十人並という言葉よりはいくぶん優ったつもりでいるのに、この女と並んだら、おそらくそれはダリヤの前の豆菊とも見えそうだった。》(花ある銀座、わが愛の火)