明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『はつ恋』 篠原嶺葉

はつ恋:篠原嶺葉

1915年(大4) 湯浅春江堂刊。

 当代人気随一と呼び声の高い新派女優玉乃輝子は、贔屓客の甘言に騙され、待合で狼藉に遭うところを逃げ出し、折よく通りかかった東山侯爵家の馬車に助けられる。馬車の主は嗣子の具麿という大学生だったが、互いに身元を明かすことなく、彼女を自宅まで送り届けた。彼女は美貌でありながらも男嫌いで通り、演劇一筋に打ちこんでいたが、この事件を境に命の恩人が誰だったのか、その身元を捜し始める。

 

 一方で侯爵家の当主具定は享楽癖があり、芸妓遊びの他、小間使いの政子に手をつけ、妊娠させたのを機に妾宅に住まわせる。しかし政子にはかねてから情夫がおり、その巧妙な指金で、正夫人を離縁させ、彼女を後釜に入れさせ、果ては嗣子の具麿を放蕩に落し込み、廃嫡に至らせる。

 

 その窮地を助けたのが女優の輝子であり、最初の恩情はいつしか愛情に変化して、放逐された具麿をかくまい、学業を修了させるまで面倒を見る。新聞ではそれを醜聞と暴き立てるが、彼女は役者としての名声を犠牲にしてでも彼を守り通そうとする。

 

 演劇役者は古くから河原乞食などと蔑視され、身分も低く見なされた歴史があるが、文明開化の時代になっても人々の意識は簡単に変わるものではなかった。芸術性が高く評価される面とのギャップは当時はまだまだ大きかったことがわかる。それを乗り越えたいと奮起する女優の生き様は共感を呼ぶ。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/911621/1/2

口絵は川北霞峰と思われる。

はつ恋:篠原嶺葉、川北霞峰・画

《東都第一の大劇場日出座出勤の輝子と言へば、座付女俳優中の人気者で、技芸の功妙は勿論であるが、其容貌の美しさも、確に満都の人気を一身に集めた大原因である。彼女が一たび配役の人物に扮装して、壇場に顕るゝや、満場の観客は、割るゝが如き拍手を以て迎へ、一鬢一笑の表情も、一挙手、一投足の動作も、洩らさじと注意を払って見物するのが常で、就中纏綿たる情緒を語る時なぞには、明眸秋波を送れば、ために観客恍乎として酔へるが如く、皓歯(こうし)和(にこやか)に笑む時は、観客ために魂を天外に飛ばすの状態(ありさま)で彼女が泣けば客も泣き、彼女が笑へば客も笑ふ、其表情の巧な事は、驚くべきもので、如何なる場合にも、観客の琴線を掌中に握り締めて魅(チャーム)為なければ止まない手腕を有して居る。》(四)

 

《年齢(とし)は二十二で、躯幹(たけ)のすらりと高いふっくりとして濃艶な顔で、就中(とりわけ)眼元の愛らしいのと、小鼻の恰好の宜いのと、花片のやうな唇元と、色の飽まで白いのとは確に他(ひと)を悩殺するに足るの美を備へて居る。》(四)



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