
1947年(昭22)12月~1948年(昭23)5月、雑誌「男女」連載(中止?)
1949年(昭23)4月、雑誌「婦人ライフ」に『花に降る雨』掲載。
1955年(昭30)1月~7月、雑誌「読切俱楽部」に再連載。
1955年(昭30)東方社刊、東方新書。
表題作の『夜霧の顔』は最初、終戦直後の1947年12月に創刊された雑誌「男女」に連載されたが、最終回の前に廃刊された可能性がある。その後、雑誌「読切俱楽部」に再連載され、同年東方社から単行本で出された。短篇の「英吉女房」と「花に降る雨」が併収となっている。

終戦直後の混乱期に、戦災孤児の山犬たきは施設を飛び出し、浮浪児仲間とすさんだ日々を送っていた。かっぱらいに失敗して逃げ込んだレコード店で、逮捕されそうになった彼女を「妹だ」と言って助けてくれたのは、作曲家の三枝恭輔だった。彼は彼女を自宅の洋館「銀杏屋敷」に連れて行く。その夜は婚約披露パーティが開かれ、たきは三枝の婚約者の葉子とも親しくなるが、窓の外から恨めしそうに見つめる女の顔が夜霧の中に浮かんでいた。たきはその人影を追いかけたが、消えてしまう。やや怪奇趣味的な風味も加味している。戦中期に死んだはずの三枝の妻が生き延びて、酒場のマダムとして暮らし、三枝のライバルの浅野との愛欲の泥沼にはまりつつ、三枝への思いも断ち切れないジレンマを示す。ライバルの浅野は密かに葉子も篭絡し、三枝のオペラ公演を失敗させようとする。失意のどん底の三枝を救ったのは山犬たきの粗野ながら純真な心情だった。・・・

菊田一夫は劇作家であり、プロットの展開に客を引きずり込む腕前の巧みさを感じる。しかしそれぞれの人物の言動を突き動かす根拠が強引かつ曖昧にも感じられ、常人の理解力では割り切れないところがあった。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。
https://dl.ndl.go.jp/pid/8825956/1/15
https://dl.ndl.go.jp/pid/1723021/1/32
https://dl.ndl.go.jp/pid/1354734
https://dl.ndl.go.jp/pid/2208797/1/15
最初の雑誌「男女」連載時の『夜霧の顔』挿絵は岩田専太郎。
雑誌「読切俱楽部」に再連載時の『夜霧の顔』挿絵は伊勢田邦彦。
雑誌「婦人ライフ」に掲載時の『花に降る雨』の挿絵は高木清。

岩田専太郎の挿絵に描かれた浮浪児(ズベ公)のたきの姿が、その粗野で尖った性格を具現していて秀逸だと思った。(↓)

《恭輔の頭の中にひろげられている記憶のスクリーンに映る顔は二つである。一つは耐えがたい愛着で思い出させる、彼の亡き妻の眼。一つは、彼の銀杏屋敷が化物屋敷だなどと、取沙汰されるようになる原因をつくった、夜霧の中の女の顔。二つの顔は、絶対に同一人の顔ではないのである。》(夜霧の顔、九)