
1914年(大3)日吉堂本店刊。
大正期の女流作家、稲庭恒子(いなにわ・つねこ)の家庭小説。山師の叔父に騙されて大きな借財を背負ったまま病気で死んだ両親。後に残された三人の子は、長女の静子が小学校の教員として働き、弟良輔は会社の給仕、そして妹の艶子は小学生で、つましい暮らしをしている。静子には従兄の勝という許婚者がいるが、彼は薄給の身で結婚に踏み切れないでいる。静子の美貌ゆえに、他からも結婚を望む声がかかるが、彼女は断固拒絶する。良輔の会社の上司の策謀で、勝が横領の嫌疑を掛けられ、投獄される。さらに彼女の勤務先の学校から解雇され、茫然自失となる。

その五年後、静子は仙台で軍人の妻となっており、偶然出会った勝の友人の画家矢吹にその消息を尋ねるが、まるで裏切者のような対応を受けたのを悔やみ、夫の出張を機会に、家を出て東京に戻ることを決心する。過去の人生の失敗を悔やんでも、元に戻しようがないのは明らかで、彼女は自殺も考えるが、教師仲間だった友人に助けられ、新しい女性の生き方を説かれる。プロットの展開が目まぐるしいが、文体はさらりとして読み進められた。結末が丸くおさまらないという点では、自然主義文学的ではあるが、正直その境界がどこにあるのかはまだ見極められない。☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/907945
口絵は、田中竹園。
「しかし先生、いくら親友の為だと云っても、あまり情を踏みつけた、無理な事はなさらない方がよくってよ。先生などはよく分ってゐらっしゃる癖に、女に対しては、女大学的の態度である事をお望みなんですもの、随分矛盾してゐると思ひますわ。もう何時迄もさうさう男の自由になってゐる女ばかりもありますまいし。」(六十四)
※『怨?恋?』 稲庭恒子