
1894年(明27)扶桑堂刊。
柳崕亭友彦(りゅうがいてい・ともひこ、?~1909)は萬朝報の記者であり、作家だった。本名は片山友三郎。戯作者柳亭種彦の流れを継ぐ高畠藍泉の門人として、柳の字を号としたと思われる。柳崕亭としてはこの作品以外に現在目にできるものは見つからない。
一見して、時代劇仕立ての探偵小説とも言える。これが書かれた明治中期から60年ほど遡るとまだ江戸の文化文政時代。事件の関係者で生き永らえている人は皆無ではない。ここで探偵役となるのは幕府御庭番、村上淡路守の配下の二人、実質的な公儀隠密、江戸川秀太郎と増田孝太郎である。淡路守の密行調査の途中、夜中の板橋宿の縁切榎の樹上に人の惨殺体が括りつけられているのを発見する。顔面が刃物で削られて身元が判らない。手がかりは身につけた立派な脇差とそばで見つかった秋刀魚の蒲焼の食いかけのみ。二人の隠密は主命により捜査に着手するが、一人は不良旗本と賭博でつながる侠客の線、もう一人は遺留品の出所をそれぞれ別個に当たることにする。

侠客の刃傷沙汰については、事件の当夜あたりに激しい斬り合いがあったが、それ以上の詳細は関係者が口を閉ざす。もう一方の捜査を語るに、突然上総の小藩大滝家(大多喜の言い替え?)の御家騒動の顛末に時間が遡る。まるで「枠物語」のように「そもそもの本題はこちら」と言わんばかりに、作品の7割程度この話が続けられる。結局この騒動が契機となって、当初の殺人事件が起きたということになる。この小説全体の構成はかなり宏大で、登場人物も多く、文語体の記述ながらも、読み応えがあった。二人の探偵の活躍もそこそこ熱心で粘り強かったが、「額縁部分」の装飾的存在であったのは否めない。悪玉側と見なされる男女の復讐心も丁寧に描かれており、人間ドラマを感じさせた。

作者の友彦は、萬朝報で黒岩涙香と一緒に活動していたので、涙香の翻案物の影響を強く受けていただろうと思われるが、この作品が例えどんな原型から加工されたものだとしても、江戸時代に巧みに融け込ませた力量は見事と言うしかない。☆☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。
https://dl.ndl.go.jp/pid/886692
口絵は藤原信一。
《爰(ここ)に書記(かきしる)す物語りは文政年中に起りたる幕府時代の疑獄談にして或る故老より親しく其実説を聴取りしものなるが編中の人物中今尚ほ存する者あり又は其遺族等の多ければ茲に掲ぐるに及んでは聊(いささ)か憚かる所もありて其姓名は態(わざ)と変更したる向きも尠(すく)なからず然(さ)れど筋道に於ては専ぱら事実に拠りて毫も予(おのれ)が作意を加へず真に其事実を在(あり)の儘に記せし事なれば或ひは其探偵の仕方餘りに鈍(にぶ)過ぎるの感なき能はず是れ実に実録物には有勝(ありがち)の事なれど根なし草の小説よりは又一入(ひとしほ)の味(あぢは)ひあれば看客宜しく玩味して続々読続けの程を偏(ひとへ)に希(こいね)がふになん》(緒言)
※ぶらり いたばし 縁切榎
※レファレンス協同データベース 片山友彦