明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『S巻美人:探偵奇談』 竹葉散人

S巻美人:竹葉散人

1908年(明41)此村欽英堂刊。

 作者の竹葉散人(ちくよう・さんじん)は生没年、本名、出身地などまったく不詳。明治後期にシェイクスピア作品を翻案紹介した翻訳家とされるが、探偵小説も何点か書いている。この『S巻美人』もその一つで、「はしがき」によれば、「露国内の出来事」を日本の地名、人名に置き換えて訳出したという。彼は英語の専門なので、仮に元々ロシアの探偵小説だったとしても、その英訳本を基にしたと思われる。

 

 最初に語られるのは髪を「S巻」に結った美人おきぬについてである。この「S巻」とは明治後期から昭和初期まで流行した女性の洋髪の髪型の一つである。他に「ハイカラ巻」などもあり、アルファベット文字がモダンな印象を与えたと思われたが、現在では忘れ去られている。当時の文献での言及例も少ないが、やっと下記の画像が確認できた。髪の後を横向きのSの形に結ったものだった。

 

S巻

※参考図書:

「洋髪の結ひ方と美容の秘訣」東京洋髪研究会出版部(1928)

https://dl.ndl.go.jp/pid/1056968/1/34

 

 名古屋の良家の子女おきぬは、叔父に誘われて浜松の舞阪に保養に来ていたが、夜のうちに書置きを残して失踪する。捜索するうちに比叡山の山中で女の他殺体が見つかり、身元確認でおきぬと判明する。それと同時期に京都を訪れた拓殖次官の馬車が爆弾テロに遭遇し、幸い失敗に終わったが、警察では関連する社会党員を追及していた。おきぬと親しく交際していた教員の杉田文学士が浮上して、テロ事件およびおきぬ殺しの両方に嫌疑が掛けられた。捜査幹部は関係先を当たるが、北海道まで出張する。一方で、おきぬの兄の道三が商用で台湾に行き、台北の旅館に滞在中に、死んだはずのおきぬに再会し、謎は一層深まる。(続篇「杉田文学士」に続く)

 

S巻美人:竹葉散人、鈴木錦泉・画

 事件の全体図は見えず、作者は事象をジグソーパズルのピースのように、小出しに見せる。その部分に関する捜査や追究は細心かつ丁寧に描かれている。爆弾テロが盛んだった19世紀末の欧州小説の翻案とは言え、迷路を巧妙に作りあげて語り続ける作者の手腕は、伊藤秀雄の『明治の探偵小説』でも評価されている。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/885559/1/1

口絵は鈴木錦泉。

 

《元来本篇の事実は、露国内に於て去る頃ありし事実を、其のまゝ基礎として読者に興味を感ずることの深からしめむが為に、仮に本邦の地名人名を借て物したのであるから、此点に於ては予め御承知の上読んで貰ひたい。》(はしがき)

 

《時しも町の方より、二十歳余の色の白いオモ長な容顔(かおつき)の、髪を当時流行のS巻にした、見るからに惚々とする美しい娘が、荒いぽッとした立縞の御召の単衣に、繻珍の単衣帯を〆め、藍色の蝙蝠傘をさして、俥に乗り、前に衣物(きもの)なら二三枚入ってゐるかと思はれる四季袋を置き。お納戸の派手なリボンを朝風に拂はせつヾ駆けつけた。》(楠田探偵次長)

 

 

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