明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『可否道』 獅子文六

可否道:獅子文六

1962年(昭37)~1963年(昭38)、読売新聞連載。

1963年(昭38)新潮社刊。

1969年(昭44)「コーヒーと恋愛」と改題して角川文庫刊。

 

 獅子文六(1893~1969)の晩年の一作である。無類のコーヒー好きが集まる日本可否会の会員たち5名の生態を淡々とした筆致で描いている。会長の有閑老人の管、女優のモエ子、画家の大久保、教授の中村、落語家の珍馬の言わば趣味サークルだが、管会長は密かにコーヒーを淹れる作法を茶道に近づけるべく「可否道」を立ち上げたいと考えている。

可否道:獅子文六、宮田重雄・画

 主として描かれるのは中年女優のモエ子で、当時隆盛期にあったテレビ・ドラマの脇役として人気があった。彼女は年下の舞台装置家と事実婚しており、彼女の稼ぎで生計が成り立っていた。モエ子の淹れるコーヒーは天下一品とされ、彼氏の勉君もそれに惹かれたのだったが、その彼がある日突然、若い女優の卵と駆け落ちして出て行ってしまう。・・・

 

 今の目で見ると、筋の運びが悠然とし過ぎていた。元々が新聞小説だったので、のんびりしていても寛容だったのかもしれない。作中で「獅子文六も古稀だから」というくだりがあるのも失笑ものだが、大家の筆のすさびと言った感じもした。テンポに慣れてくると味わいが深くなった。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1360797

新聞連載時の挿絵は宮田重雄、単行本のカバー絵は芹沢銈介。

 

この作品は「なんじゃもんじゃ」というタイトルで1963年に松竹で映画化された。

なんじゃもんじゃ:松竹(1963)

※日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

なんじゃもんじゃ(1963)

監督:井上和男 主演:森光子、川津祐介、加賀まりこ、加東大介

ameblo.jp

 

※映画評index

「可否道」より「なんじゃもんじゃ」

www.ne.jp



《最後に、コーヒーを味わう目的は、俗念を洗うためであり、清澄な感情と思考を喚起して、自己のじんせいを高めるためと、信じてる。コーヒーをいれる方法が芸術だとするならば、飲む目的は、宗教に近いと、考えてる。》(亡妻屋)

 

なんじゃもんじゃ:松竹(1963)

《これは、何も、勉君とモエ子の夫婦に、限らない。世の中の夫婦というものは、良人が腹の中で何を考え、細君がひそかに何をたくらんでるか、いちいち、わからないから、いいようなものである。わかったら、大変!朝から晩まで、夫婦ゲンカをしていなければならない。知られて悪いことは、お互いに、耳に入れないに越したことはない。ことに、モエ子と勉君の夫婦は、お互いの個人生活を尊重する美徳を、わきまえている。(朔風)

 

「若いですよ、ほんとに、獅子文六みたいに、古稀になっちゃァ、もうオシマイだが、あんたは、還暦までにも、まだ、十年ある。前途洋々たるもんじゃありませんか。」(コーヒー夫婦)



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