明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『杉田文学士:探偵奇談』 竹葉散人

杉田文学士:竹葉散人

1909年(明42)此村欽英堂刊。

 タイトルからは判りにくいが、同じ作家による『S巻美人』の続篇になる。前作で失踪した令嬢おきぬの恋人として一緒に東京へ駆落ちをしたが、テロ結社の社会党との関係を警察から疑われた。大卒の学士は明治ではまだ珍しく、身分としては箔が付いており、転職の場合でも有利に遇された。

 

 タイトルがそのまま「杉田文学士」となっているので、推理小説の「〇〇博士」と同じように名探偵として活躍するのかと想像されるのだが、試しにAIに「どんな小説か?」と質問すると、通り一遍の「名探偵として事件の解決に活躍」という返事をしてきた。「でもこの人は警察から社会党員として疑われて追及されていたのでは?」と再質問すると「すみません。その点を見逃していました。調べが足りず申し訳ありません。」と謝ってきた。AIも人間が作った物だから、誤謬や勘違いがあるのだなと、今後は「万能・完璧」を割り引いて考えることにした。

 

 おきぬは台湾で杉田の到着を待っていたのだが、急に状況が変わって、東京に戻ることになる。警視庁の国事課では相変わらず、京都での拓殖次官襲撃事件の犯人を捜査していたが、その主力だった楠田探偵次長が歳末の夜に銃撃されて死去する。犯人はコネで国事課に採用された加太という男だった。彼は社会党のスパイとして潜入し、内部情報を入手するとともに、次長を殺害して捜査能力を弱めようとしたのだった。警察首脳も加太に容疑の目を向けるのだが決定的な証拠はつかめない。そうするうちに、警視庁は杉田文学士が社会党とは無関係であることを認め、逆に国事探偵の一人として採用することにする。(この辺に論理の飛躍があるのだが)すべては終篇の「園井警視総監」の巻へ持ち越しとなる。

杉田文学士:竹葉散人、鈴木錦泉・画

 ロシア物の翻案小説とはことわっているが、訳文としてはこなれている。元々新聞連載だったと思われ、それぞれの話の区切りごとに筋のおさらいをしている。その回りくどさが明治期の世人のテンポに合っていたのだろうと思う。☆☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/886951/1/1

口絵は鈴木錦泉。

 

《間もなく佐倉炭(ずみ)がいけられてある、手火鉢(てあぶり)が二個運ばれる、服(のみ)加減は兎も角も香気よき薄茶は、楽焼の茶碗に湯気を立つゝ、差し出される萬事萬端中々に凝ってゐる、流石は当時今春で一と云って二と下らぬ会席料理店である。》(二葉亭の小酌)

 

《其の中(うち)に白煙は間もなく消散(きえ)て、四方(あたり)は深閑として唯だザワザワと樹々の梢を拂ふ北風の音と、八百善の奥座敷で、此の師走……而も四日目が元日だと云ふ年のドン底に、何処の白痴(たわけ)か越すに越されぬ年の暮を、野気(ヤケ)と無茶の三人伴(づれ)で飲みし酒の酔が高じて、又た伴(つれ)の欲くやなりけむ、数寄屋町辺(あたり)の小猫を捕らえて爪引の、三を下(さげ)しか二を上(あげ)しか仇な調子の三味の音が、途切れ途切れに、聞ゆるのみであるのである。》(楠田探偵長の暗殺)

 

 

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