明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『無言の誓』 菊池幽芳

無言の誓:菊池幽芳

1894年(明27)駸々堂刊。

1914年(大3)駸々堂、大正文庫20

 明記していないが、この作品も英国小説から翻案したようなバタ臭さが感じられた。東京のお屋敷町の一角に化物屋敷と噂される洋館の主鷺塚青年と、それに隣接する吉田家の令嬢千代子との愛と成長の物語。ミステリーとホラーの風味付けはあるが、自分の社会的な地位や将来への希望を捨ててでも、信義に基づく沈黙を堅持しようとする千代子の苦悩は異常なほど純粋だったのが印象的だ。

無言の誓:菊池幽芳、筒井年峰・画

 お転婆な千代子は、両親からお仕置きとして二階の部屋に閉じ込められ、両親は芝居見物に出かけてしまう。腹いせに窓から投げ捨てた本が、隣家の庭を歩いていた鷺塚に当たり、それを返すために、鷺塚は梯子を二階に架けて彼女をお茶に誘う。夜が更けたので彼女が戻ろうとするが、いきなり魔物のような人物に襲われ、胸部を刺されてしまい、彼女は気を失う。その日から5カ月間、吉田家では娘の失踪騒ぎで悲嘆に暮れる。奇妙な怪我人を往診したという原医師の証言で希望の光明は感じられるものの、その場所は突きとめられない。その後、千代子は洋館の秘密を一切口外しないという条件で、再び帰宅が許される。あれほど明朗快活だった彼女の性格は変貌し、謎の沈黙の中に苦悩する姿が見られた。状況を一変させるのは、私立探偵の活躍だった。--- 地の文は文語体で読みにくいが格調が高い。描写は丹念に積み重ねられ、重厚感があった。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。

https://dl.ndl.go.jp/pid/888365/1/1

https://dl.ndl.go.jp/pid/905940/1/3

口絵は筒井年峰。

 

《二千坪計(ばかり)の邸内は昼となく夜となく、只一様に物凄きまで寂莫(ひっそり)として、絶えて何等の気はひもなく、時々秋輔が自然に任して手も入れぬ庭もせに、雑草と打雑(うちまざ)りて美はしく咲き出づる草花の間を春のあした、夏の夕べ、唯一人にて徘徊(さまよ)ひ居るかを遥かに認むる事あると、此の他にの旧幕時代の昔より此家に表はるゝ妖怪の声とて(…)気味悪き物凄き叫び声の、雨の夜嵐の折々に聞こえ渡り、それを合図に、青き薄暗き焔、窓より窓に飛び伝はる事ありとて、隣人は現に之を見聞きしたる人もありとか、》(第一回)

 

《色白く眼は目尻の上りたる所何となく凛々しく而も愛嬌に乏しからず、小鼻ふっくりと座り、締りたる口元は薔薇の莟を含みしが如く、何処と点の打処なき美はしき顔立なるが、髪は束髪に結びて前髪を房々と下げたる様云はん方なく愛らし、》(第一回)

 

 

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