明治大正埋蔵本読渉記

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

『春日野若子』 菊池幽芳

春日野若子:菊池幽芳

1893年(明26)駸々堂刊。

1913年(大2)駸々堂、大正文庫(第16編)

 

 菊池幽芳(1870~1947)は明治・大正期の人気作家の一人だった。21歳で大阪毎日新聞社に入社し、記者として活動する傍ら文芸作家として作品を書いた。この小説は、ヒロイン若子が艱難辛苦を乗り越えて幸福に至るという、ジェットコースター型少女小説であり、作者がまだ23歳の頃の初期の若々しさと筆の勢いが感じられた。

 

 父親が病臥する生活苦と闘う若子は、新聞広告にあった職工に応募して、他の競争者を退けて合格する。しかしそれは彼女の美貌に惹かれた社員青木の下心でもあった。彼はあの手この手で若子を手に入れようとするが、彼女は様々な手段でその魔の手から逃れる。青木は懲りずに執拗につけ狙う。しかし若子には父親の死去、働き口からの解雇、偽手紙などが続き、絶望で路頭に迷った末に、優しい言葉をかけてくれた雇い主の息子馨之助を頼って本邸を訪れるが、門前払いを食らって卒倒する。・・・

 

春日野若子:菊池幽芳、歌川国松・画

 明治中期はまだ言文一致体が定着しておらず、地の文は文語体で、美文調、特に七五調(下記引用)の快いリズムが目を進ませてくれた。非力であり、言いたいことの半分も口に出せない娘の立場で、何とか危機を脱することができるという少女物としては程よくまとめ上げられていた。☆☆

 

国会図書館デジタル・コレクション所載。個人送信サービス利用。

https://dl.ndl.go.jp/pid/885885/1/1

https://dl.ndl.go.jp/pid/916616/1/3

口絵は明治26年版は歌川国松、大正文庫版の口絵は恒久とあるのみで詳細は不明。

春日野若子:菊池幽芳、恒久・画

《思ひ運(めぐ)らし、思ひ浮べては、床し懐かし恋しさの、只いや増しにつのり来るのみ、乱れに乱るゝ胸の中、夜は益々ふくるにつけ、眼は益々冴へ返り、狭き心の有耶無耶は、拂ふ由さへながき夜の、猶繰り返し繰り返し、》(第十一)

 

《左れど女の世界は恋の中に限られたりとかや、恋を去りては女の世界なし富も貴(たふ)ときも、恋てふ世界の全きを得てこそ、嬉れしとも見ん、喜はしとも思はん、恋を失なひて富めるも貴(たふ)ときも何かせん、お若は貧賤の身より、忽ちにして富貴の身となり、昨日に変る今日の栄華、身は多くの人に羨まるゝの身となりながらも、心は日に日に恋神(きゅうぴっど)の矢先にせめ立られて、乱れ苦しき胸の中、人に知られぬ切なさを、包むに餘る両の袖、華美を盡したる一間の中に、獨り悄然と思ひ沈みては心に画く馨之助の姿、》(第十)



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